第2節 憧れの人

「あいだだだ、もう少し丁寧にやりな!」

「んもう、わがままだなぁ」


お師匠様の使い魔である小動物たちが部屋の片隅から見守る中、ベッドに横たわるお師匠様の腰に湿布を貼る。

魔力を用いて作った手製の特性湿布だが、それでも治療にはしばらく時間がかかるだろう。


「町医者にも連絡しといたんで、しばらく養生してください」


普段の私なら「歳なのに無茶すっから」などと悪態でも吐いたかもしれない。

でも、今日はとてもそんな軽口を叩く気にはなれなかった。

私が仕事をサボったせいで、お師匠様は無理をしてしまったのだ。


お師匠様ほどの使い手なら、荷物を運んだり部屋の掃除をするのは魔法を使えばすぐだろう。

魔法を使っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

でもお師匠様はそう言ったことはしない。

魔法を使うと消耗するということもあるが、家事や買い物などは自分の手と足でちゃんとやっておきたいという性分だからだ。


インターネットが普及して、家電製品も発展して、それらを上手く使うと便利で楽な生活が送れる。

でも、楽ばかりしていたら体は鈍り、老いも早くなり、頭の回転は悪くなる。

だから、自分で出来ることはなるべく自分でしなさい、というのがお師匠様の教え。


古臭い魔女の風習に乗っ取った前時代的な考え方かもしれない。

でも私は、そう言った考え方は嫌いじゃない。


「困ったね。一週間後の異界の開門、どうしたもんかね」

「あっ……」


そう言えばそうだった。


ラピスの一年で最大のお祭り、異界の開門はもう目の前なのだ。

魔力が巡り集まりやすいラピスでは、集いすぎた魔力を消費させなければならない。

異界の開門は、そのための重要な儀式の一つと言えるだろう。


とは言え、私が一人で門を開けるかと言うと、正直それは無理だ。

ただ闇雲に門を開くだけではなく、互いの世界に邪が入り込まないよう結界を敷いたりせねばならない。

管理が難しく、七賢人であるお師匠様ですら毎年私に手伝わせているくらいなのだ。

見習い魔女の私には少し荷が重すぎた。


「今年は中止するとかだめですよね」

「魔力の放出が出来なくなるね」

「別のイベントで代替するとか」

「異界祭りを楽しみにしている人がたくさんいるのは、お前も知っているだろう」


うーむ、どうしたものか。私が腕組みをして唸っていると、静かにお師匠様は「そうさね……」と顔を上げる。


「ピンチヒッターでも呼ぶかね」

「ピンチヒッター?」

「そのうちわかるよ。とにかく、お前は目の前の準備に邁進まいしんしな。それが出来てないとどうにもならないからね」

「はぁ」


釈然としなかったが、私は仕方なく言われるがまま資料の整理や書類事務の作業に戻った。

果たして大丈夫なのか……引っかかるものはあったが、今は出来ることをやるしかない。


「そう、人は死ぬ時は死ぬし、ダメな時はダメなのだ。今は私がやれる事をやろう。お師匠様がこのまま死ぬかもしれないし」

「勝手に殺すんじゃないよ」




その次の朝は、思わず目が覚めてしまうほどの寒さだった。

書類の中で眠りこけていた私は思わず体を起こす。なんだか体が重いと思ったら、小動物やカーバンクルが体を包んでくれていた。

室内だと言うのに、吐いた息はわずかに白く染まる。この中でも風邪を引かなかったのはこやつらのおかげか。


目を向けると、窓際にいたシロフクロウと目が合った。


「おはよ」

「ホゥ」

「今日は冷えるなぁ」


動物達を下ろすと、部屋にあった魔法薬を持ち、体を震わせながらリビングへと向かう。

特殊な魔法をかけてあるので、着火剤代わりに使用すると部屋が早く暖まるのだ。


早朝の廊下は冷え切っており、空気が張り詰めている。歩くと木造の床が響き、その音は足先から私を冷やす。

私は寒気の中を抜けるとリビングに入り、机を横切って椅子に座る女の子を通り過ぎ暖炉へと向かった。そのまま薪と新聞と魔法薬を入れ、火をつける。


「ふぃー、暖けぇなあ」


その瞬間、違和感に気付いた。

おかしい、何か違和感があった。


「今、女の子がいたような……」

「ねぇ」

「のわー!」


腰を抜かして倒れ込んだ私の前に、一人の少女が立つ。

その顔には、どこか見覚えがあった。


「あっ……」


透き通るような青い髪に白い肌。

小さく整った顔立ちの青い瞳。


何度もテレビで見て憧れた七賢人のソフィがそこにいた。

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