第5節 月の夜に
夕食と片付けを済ませ、すっかり夜の
私はそっと、玄関の扉を開いた。
「おいで、シロフクロウ」
「ホゥ」
肩にシロフクロウを乗せ、私は庭の切り株にあぐらをかき、静かに瞑想する。
少し肌寒いが、それでもまだ夜の風は心地よい。
穏やかな風に草木は揺れ、魔女の森に咲く花が月明かりに照らされる。
虫の鳴き声がする穏やかな夜。
今日は、満月だ。
瞑想の時間は、私の精神を磨き上げる。
高まった集中が、余計な雑念を振り解いてくれる。
「こっちは結構虫が多いのね」
不意に背後から声がした。
祈さんだった。
「夜に瞑想してんだ? 真面目だね」
「集中できるんすよ。昼間はこき使われてクタクタなんで、夜が一番時間があって」
「夜は魔女の時間だから良いかもね」
「祈さんはやんないんすか?」
「やったことないわね。なにせ英知の魔女だから。発見と知識だけで発展させてきた。天才よ」
「自分で言う?」
私は満月を見上げる。
空に昇る月を眺めると、不思議と気分が高揚した。
魔女の血が、月に呼応しているのかもしれない。
ただ、月と魔女の血に因果関係があるのか、私は知らない。
なんだか気分が良い。
そこで、私は祈さんに話すことにした。
私が抱えた、運命の話を。
「祈さん」
「どうしたの?」
「ちょっと話したいことがありまして」
「何よ改まって」
「もし、もしですよ。私があと一年で死ぬって言ったら、どうします?」
私が言うと、祈さんはこちらを見た。
「何それ。あんた死ぬの?」
「もしもって言ったでしょ」
「でも死ぬんでしょ?」
「まぁ……どうやらそのようで」
「何で」
「呪いです」
「呪い?」
「死の宣告って言う」
「その死の宣告に、あんたが掛かってると?」
「はい。十八になったら発動するそうです。めっちゃすごい勢いで歳取るんだとか」
「そう……」
まるで呟くように「気づかなかった」と、祈さんは言った。
「七賢人でも気づかない呪いなんですね」
「あんたからは嫌な気配を感じなかった。高度な呪いは見抜くのが難しいから、仕方ないかもしれないけれど」
「じゃあ、助かる方法は祈さんも知らない?」
「その呪い自体、聞いたのは初めて。多分、ファウスト婆さんだから気づけたんだと思う」
「なるほど」
「それで、婆さんは何て?」
「助かる見込みは一パーセントもないって。千人分の嬉し涙を集めるよう言われました」
「命の種か。確かに、老化の呪いなら命の種を使うのが一番手っ取り早いかもね。でも、面倒なもん課題にあげたわね。今はどれくらい集まってんの?」
「涙が三。嬉し涙はそのうち一滴だけ」
「ダメじゃん」
「本当にしょっぱい涙っすわ。クソの役にも立ちまへんねん」
「チンピラかよ」
私は立ち上がると、ぐっと伸びをした。
シロフクロウが頭の上に移動して、バサバサと羽を広げ、静かに鳴く。
それはまるで、月光を集めるかのようだった。
「正直、祈さんから助手に誘われた時、心が高揚しました。なんつーか、広い世界につながる扉を前にして、ワクワクするって言うか。そんな感じがしたんです」
「メグ……。あのさ、まだダメって決まったわけじゃないんだし」
「でも、無理でしょ。流石にポジティブお化けと言われた私でもわかります。たった一年で、千粒も涙を集めるのが不可能に近いことに」
「そりゃそうかも知れないけど……。じゃああんたは、どうしてそんなに平気そうなのよ」
「実感がないだけです。昔から悩むのは性に合わんのです」
「死ぬのは自分なのに?」
「それでもです。悩んでるくらいなら、体動かしたほうがいいっていうか」
「脳筋ね、魔女のくせに」
「体育会系と言ってください」
私が言うと、アッハッハと祈さんは気持ち良いくらいにまっすぐ笑った。
人が生き死にの話しとんのに笑うとは何事か。
「人見て笑うとはええ度胸しとるやんけワレ……」
「ごめんごめん、あんたがあんまりにもバカだからさぁ」
「どうやら死にたいようですな」
「あぁ、悪かったわよ。でも死ぬっていうのにこんなに潔いやつ初めてみたからさぁ……プークスクス」
「戦争かな?」
私が殺意の波動を身にまとっていると「悪かったわよ」と祈さんは言った。
「じゃあ死を覚悟したメグちゃんに、お詫びとして良いもん見せてあげるわよ」
「お詫び?」
祈はバサリと髪をはらう。
「私が七賢人って所、見せてあげる」
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