第6節 流星に願う

「今夜が実は流星群の極大日だって知ってる?」


じっと、夜空を眺めながら祈さんは言う。


「そうなんですか? 星なんて見えませんけど」

「満月だからね。晴れちゃいるけど、空が明るすぎる。だから星が見えにくい。今日は観測条件があんま良くないのよ。でも実は、結構数は走ってる」

「残念ですね。星が見えたら願いごとでもするのに」

「死を覚悟してるって言うのに、何を願うの?」

「金です」

「もっとオブラートに包め」


祈さんは呆れたようにため息を吐くと、ぐっと空に手を伸ばした。


「見てなさい、七賢人の実力」


そしてグッと、手を握りしめる。

その時だった。


空に、一面の星空が浮かんだのは。


その光景に、私は一瞬言葉を失った。

月が光量を落とし、本来見えるはずのない星空が浮かび上がったのだ。

普通の魔法使いが魔法陣を用意し、十二節の呪文を構築し、知識を通じて魔法を発動させる工程を、彼女はわずか一動作で終わらせた。


何万、何億という星たちが、燦然さんぜんと空に満ちる。

月明かりに満ちていた夜空が、今は星によって照らされている。

それは、夜を美しく鮮やかに染めた。

真ん中には天の川が走り、深宇宙の星間ガスの彩りすら見えた。


「世界の果てに行かないと見れない光景よ」

「やべぇ」

「まぁ、まだ終わりじゃないけど」


祈さんは指先で宙に文字を描く。


「おいで」


彼女がそう呟いた一刹那、空に光が走る。

流星だった。


いくつもの流星が、瞬く間に空を抜ける。

まるで光の雨だ。

消えたと思ったらまた新たに浮かび、そしてまた消えていく。

幻想を形にしたら、このようなものなのだろかと私は思った。


「すげぇ……どうやったんですか」

「流星の軌道をちょっと変えただけ」


当然のように彼女は言った。

魔法の発動動作を一つ短縮するだけで十年以上の修行が必要と言われている。

それなのに彼女は、あの一瞬の動作で、これだけの現象を引き起こした。

その凄さは、恐らく魔道を志すものにしかわからない。


「これだけの星を見てたら、自分の悩みなんてちっぽけなもんに思えるでしょ」

「そうっすね。まぁ別に悩んでませんでしたが」

「悩んで」


ただ、この流星雨を見て、私は一つ気づいたことがあった。

魔法の可能性は無限大だってこと。


私は、諦めていた。

諦めて死を受け入れようとしていた。

だけど、魔法があれば、きっと不可能は可能になる。

どんな状況でも、どうにか出来る。

目の前の光景は、私にそう思わせるには十分だった。


沢山の人を喜ばせる魔法で、嬉し涙を集められるかもしれない。

呪いを破る他の方法があるかもしれない。

命の種を生み出す、別の方法を構築出来るかもしれない。


だって魔法の可能性は、無限大なんだから。


「願いなよ、メグ」


祈さんは静かに声をだす。


「あんたが一番叶えたいこと」

「富と権力、名声」

「そうじゃなくてさ」


真剣な表情で私を見つめる。


「生きること。死なないこと。世界に出る魔女になること。あんたが願うべきは、それじゃないの」

「祈さん……」


真剣な祈さんの表情に、私は静かに頷いた。


「わかりました」


私はそっと、星に願う。

来年も、再来年も、十年後も、生きて世界を見ていることを。

私の生きる世界を、どんどん広げることを。

私が愛した世界の行く末を、私自身の目で見届けることを。


もし、自分が死の宣告を乗り越えることが出来れば。

その時は、世界に出てみよう。

そして沢山の土産話で、お師匠様を仰天させるのだ。


この夢は、私が最後まで諦めないための希望。


「やっぱあんた良いわ。ばあさんが手放したがらないのも、わかる気がする」


なぜか祈さんは嬉しそうに笑みを浮かべていた。




お師匠様が帰ってきたのは、それから二日後の朝だった。


「ただいま戻ったよ」


久しぶりの声が玄関からする。

私と祈さんが出迎えると、お師匠様は呆れた声を出した。


「何だいあんたたち、二人してパン食いながら来るんじゃないよ」

「健全な精神は健全な肉体に宿る」

「おだまり」

「お師匠様」

「何だい」

「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」


お師匠様はどこか嬉しそうに笑みを浮かべると、祈さんに向き直る。


「祈も悪かったね。この子の面倒見てもらって」

「いいわよ、私も結構楽しかったし。それで、依頼の方はどうだった?」

「一種、大量発生している植物があってね。それが生態系を変化させた原因だった。駆除しといたから、しばらくしたら治まるだろう」

「そりゃよかった。あ、それから、ファウスト婆さん」


祈さんは、私の頭を掴むとぐっと抱え込んだ。

俗に言うヘッドロックである。


「この子、将来的に私の助手にしていい?」


祈さんの言葉に、お師匠様は目を丸くした。


「気に入っちゃったのよ。魔力の扱いも申し分ない。良い弟子育ててんじゃん」

「その子はまだ半人前だよ。まだまだこれからさね」


「でも……」とお師匠様は言葉を紡ぐ。


「いつかはそう言う時も、来るかもしれないね」


祈さんは次の仕事があるとかで、そのまま帰ることになった。

晴れ渡る青空の下、庭先でほうきにまたがる彼女を、私達は見送る。


「それじゃ、お世話になりました。……メグ」

「あい」

「死んじゃダメよ。あんた、私の右腕になるんだから。死んでも生きなさい」

「無茶苦茶やな」

「ぐちゃぐちゃ言わない。返事は?」

「はい」

「良し」

「ふふ、まるであんた達、姉妹みたいだね」


そう言ったお師匠様は、どこか嬉しそうだった。

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