第4節 夢と希望と死
薬草やハーブを栽培してるエリアに着いた。
虫除けの魔術を施してある一画。
この一帯の作物だけは外敵から守られるようになっている。
レモングラスの虫除け成分を増幅させているのだ。
ラベンダーにローリエ、ルッコラなど。
この辺りには多くのハーブが育つ。
奥に行くと漢方の材料などもある。
その光景を見た祈さんは「へぇ」と声を弾ませた。
「結構良いの育ってんじゃん」
「年々ちょっとずつ増やしてるんですよ。お師匠様から頼まれたものや、自分の魔法に必要なもの。何せ育ちが早いですから」
私は奥に生えているミントを採取する。
自生力の強いミントは、放っておいても死ぬほど繁殖する。
園芸好きの間ではミント爆弾やらミントテロと言われるほど爆発的な成長力を持つ。
採取には注意が必要だ。
他の植物と植えたが最後、一気に侵食され飲み込まれる。
今は魔法でかなり繁殖力を弱めているが、それでもその葉を他の植物のエリアに落としたら『詰み』である。
慎重に採取しながら、私は何となく昔のことを思い出していた。
魔女の森の管理は、私が幼い頃に初めてお師匠様から言い渡された仕事だった。
「いいかい、メグ・ラズベリー。今日からこの森を手入れするのがお前の仕事だよ」
「
幼い日の私はその仕事を拒んだ。
「嫌だじゃない。それがこの家のあんたの仕事だ! やるんだよ!」
「嫌だい嫌だい! 私は忙しいの! お師匠様がやればいいでしょ!」
「お前が忙しいのはほとんど遊びだろう! お絵かきやらテレビやら、ちったぁまともに仕事しな!」
「子供とはそう言うもの。夢を持ち、無限の可能性を持つ神の国の存在」
「自分で神を自称すんじゃないよ!」
自分がお師匠様の子でないことは物心ついた頃から知っていた。
幼き頃より、そう言い聞かせられてきたからだ。
ひょっとしたら、お師匠様なりに私が過去にとらわれないようにしてくれていたのかもしれない、と今になって思う。
魔女であることが、今の私のアイデンティティ。
魔女じゃなかったら、もっと迷いを抱いていたかもしれない。
両親が死んでいることに。
寿命が後一年であることに。
そうならなかったのは、きっとこの頃から、濁流のように忙しい毎日を過ごしていたからだ。
半ば強制的に森の面倒を見ることになった私は、学校終わりに必ず土いじりをするようになった。
その頃の魔女の森はまだ魔力も整っておらず、土も痩せていた。
木々はあったものの、森にはほど遠かった。
ここに植物たちを生い茂らせるのが、私に課せられたミッションだった。
その中で最初の強敵となったのが、東洋で言うハッカ、西洋でいうミントだ。
爆発的な繁殖力を持つ奴らは、一度植えると止めることが出来ない。
ミントの進軍を止められなかった私はお師匠に泣き叫んだ。
「おじじょうざま! みんどのやづらが! 森を喰らいづぐす!!」
「ミントは育ちすぎたらただの雑草だからね。気をつけなと言ったろう」
苦労を重ねて育った森には、いつしか沢山の小動物達が集まり、それらをお師匠様は使い魔にした。
街の人が近づけるよう森の管理を続けたから、今もこの魔女の森には、沢山の動植物が人と共存している。
土を大切にするのも、魔力の流れを正すのも、魔法の使い方も。
全部お師匠様から学んだことだ。
「ふぃー、いいお湯」
採取を終えて家に戻った私は、ミント油を使った薬湯で祈さんの足を洗っていた。
私が指圧するたびに、祈さんは「あぁー」とおっさんくさい声を出した。
「ふひひ、お姉さん、脚すべすべでんなぁ、ゲヘッゲヘッ」
「やめろ」
祈さんはふぅと深く息を吐いて天を仰ぐ。
「こんなにゆっくりしたのいつぶりだろ。そう言えば、ここ数日忙しくて風呂入ってなかったわ」
「あとで風呂も沸かしますんで入ってください。そう、絶対に」
「うるさいわね、細かいとハゲるわよ」
「こまかい……?」
怪訝な顔をしていると、祈さんはニヤッと笑みを浮かべる。
「人の顔を見て笑うとは良い度胸をしている」
「あんたいいじゃん。気に入ったわ。将来独り立ちしたら、私の助手にならない?」
「助手?」
「薬の開発のパートナーよ。今あんたがやってることの延長。一人じゃ手が足りなくてね、ちょうど人手が欲しいと思ってたんだ」
「そんな急に言われても困りますよ」
「七賢人二人から師事受ける魔女なんていないわよ? 有望魔女として、テレビとかにも出ちゃうかもね」
「テレビに……?」
私は想像する。
テレビに出てそのビジュアルが認められ一躍人気者になり、そして様々なバラエティに出てドラマ進出、アイドルスターと共演して恋に落ち、そのまま電撃結婚、高層マンションの最上階で子供二人と囲まれる暮らしを送る自分の姿を。
「悪くないな……」
「ま、今すぐって訳じゃないし。考えといてよ。あんたがその気なら、ファウスト婆さんにも話つけてやるから」
活き活きと祈さんは話すが、私は内心複雑な心境だった。
とてもじゃないが言えそうにない。
自分があと一年で死ぬかもしれないなんて。
そうか、死とはこういうことか。
自分が迎えるはずだった、多くの未来の可能性すらも失ってしまうことなんだ。
「あんた、いくつだっけ」
「十七です」
「若いわね。知識もあんだからもったいない。私なんか十の頃にはもう色々旅してまわってたわよ」
「若い頃を語り出すなんて、なんだかババア臭いですね」
「ババア……」
考えてみたら、この街から、この家から出ることは頭になかった。
地方都市ラピスと、魔女ファウストの家。
この街と、生活と、お師匠様と過ごす日々。
それが私の世界の全てだった。
「あんた、将来の夢とかないの?」
「夢っすか」
色々あるような気がするが、今の私にとってそれはすべて夢物語のおとぎ話だ。
ここは適当に言ってごまかしておこう。
私はすこし考えた後、真顔で言った。
「世界征服です」
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