第3節 酒とタバコ、うまい飯とオンナ

私とお師匠様の家は、魔女の森に囲まれている。


ここは私たちが魔力を管理し、動植物を管理している特殊な場所だ。

魔力を上手く管理することで土は肥え、春の土壌のような熱を持つ。

豊かな土を育てることで、土地柄育てるのが難しい植物の栽培も出来るようになるのだ。


魔女の森には沢山の小動物も生息しており、上手く共存している。

街の人も来ることがあるので、危険な動植物がないか管理するのが私の仕事だ。


私の隣で、祈さんは鼻歌を歌いながら歩く。


「ずいぶん機嫌がよろしいですな」

「そりゃ堅苦しい会議が終わったからね。ここは空気も綺麗だし、気分も良くなるわよ」

「やっぱり会議って大変なんですか?」

「そりゃあもう。連日連夜話すし、議題は多いわ無茶振りは多いわイレギュラーは多いわでてんてこ舞いよ。って言うか七賢人の弟子なのに知らないの?」

「はい、お師匠様、仕事のことはあまりお話されませんから……」

「そっか……」


祈さんは何だか困ったようにポリポリと頬を掻いた。


「ま、まぁさ、愛弟子に心配かけたくないのよ。だから気にすることないわ」

「お師匠様は、いつ戻ってくるんでしょうか……」

「さてね。今回のは結構緊急だから。やっぱり師匠が心配なんだね」

「いや、全然」

「えー!? いま完全にそう言う流れだったじゃん! 悲しげな顔してたじゃん!」

「束の間の休息ももう終わりかと思うと切なくて……」

「仕事の話してくれないって寂しそうな顔見せたじゃん!」

「あくびが出そうだったので噛み殺しただけです」

「あくびしてんじゃないわよ!」


祈さんは呆れたように首を振ると「まったく、調子狂うわ」とぼやいた。


「会議で疲れてるんですね」

「あんたのせいよ!」


魔女の森には、数多くの香草や薬草、漢方が自然栽培されている。

手を入れてない訳ではないが、魔女の森では植物の成長が早く、どれも生命力が強い。

手を入れる必要があまりないのだ。

私がやっている仕事は、土と魔力の管理が主となる。


祈さんは木の根元の土に触れると、その状態を確認した。


「しっかり管理されてんのね」

「毎日手入れしてますから。結構大変なんすよ」

「あんたがやってるの?」

「ええ、まぁ。お師匠様は忙しいすから」

「ふぅん。腐葉土の質も、土に込められた魔力も、巡りも申し分ない。これだけしっかり管理されてたら安定して作物が作れるでしょうね。あんた土いじりむいてるよ」

「ここさオラが畑だ」


私の渾身の田舎農夫のモノマネを無視して、祈さんは何だか神妙な顔をした。


「土を見れるのは優秀な資質よ。特にここ最近、色々とおかしくなってきてるからね。気候も、環境も。需要が高いから就職先には事欠かないんじゃない」

「そりゃありがたいですけど、何でなんすかね」

「自然に人の手が入りすぎたのよ。空気も汚染されて、森も伐採されて。それを魔法で回復出来ると思ってる」


環境問題や研究依頼、政府からの依頼など。

七賢人がやるべき仕事は多い。

特にここ最近問題になっているのが、魔力の影響による生態系の変化だ。


それは希少種を淘汰し、動物を狂わせ、環境を変える。

近年それで砂漠が広がっていると、いつかニュースで言っていた。


「植物が伐採されて数が減ると、地を巡る魔力は行き場を失う。その結果、魔力はデカい個体に集中して流れる。するとその個体は正常な状態を保てなくなり、異常を起こす。種を食うって現象が起こんのよ。弱い個体はやられちゃうわよね」


スラスラと、異常現象が起こる過程を祈さんは説明する。


「魔力が集まると力を得る。魔導師の鉄則よ。もしあんたが力を得たら、どうする?」

「富と名誉を我が手にし、美男だけのハーレムを作ります」

「あんたはダメだ」


まぁとどのつまりはそう言うことか、と祈さんは呟いた。


「魔力を集めた植物や果物を動物が口にしたら、その動物もまた過剰な魔力を摂取する。すると人を襲いだすわよ。東洋には悽惨せいさん熊害ゆうがいの事件があってね。村の女性がひぐまに何人も食われたって。そういうふうに、動物が人を襲う事件も増えていくわよ。街に入ってきたりね。魔物が発生するってわけ」

「ひょえ……」


強力な魔法を沢山酷使することは、自然にある魔力の流れを乱すことにもなる。

それが、すこしずつ……ほんの少しずつ、生態系を歪めたのだと彼女は言った。


何だか真面目な話だ。

少しだけ重たい空気が流れる。


「こう言う空気はなんか苦手です」


私が言うと、祈さんはこちらを見る。


「人生は短いんだから、楽しいことだけで埋め尽くすべきですよ。酒とタバコ、うまい飯とオンナ」

「おっさんかよ」


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