第2節 英知の魔女は語る

「私はいのり。東洋に住む『英知の魔女』って言ったら分かる?」

「英知の魔女?」


私は昨晩のミートスパゲティをフォークで巻きつけながら思い出す。


英知の魔女。

それは紛れもなく、七賢人の一人に渡された名誉の称号だ。

するとまるで心を読んだかのように、祈さんはニヤッと笑みを浮かべる。


「そう、私こそが七賢人の一人『英知の魔女』こと祈よ」

「ははは、げに面白しきことをおっしゃる」

「何で歴史的仮名遣い」


私が疑ったのも無理はなかった。

長くて黒い髪、スッと通った鼻筋。

見た目は二十四、五歳くらい。

どう見ても若すぎるからだ。


ただ、強い力を持った魔女の中には肉体を若く保つ人もいると言う。

祈さんもその類だろうか。


確かに、彼女の中には非常に強い魔力があるのが分かった。

底が知れない、得体のしれない強い魔力が。

それはどこか、お師匠様を想起させる。


「それで、どうしてその英知の魔女が我が家に?」

「ニュース見てないの? 欧米の調査の話」

「ああ、なんかあったような……」

「いま欧米の方で、魔力の影響による生態系の変化が起こっててね。その調査に、あんたの師匠も行ってんのよ」

「ほほう……」


祈さんの話いわく、お師匠様は非常に魔力の密度が濃い地域に足を運んでいるらしい。

通りで連絡が取れないわけだ。

魔力の濃い場所は、時に電波障害を生むことがある。


「祈さんがここに来た理由って、それと関係あるんすか?」

「だから、心配だから見に行ってくれって頼まれたのよ。あんたの師匠に」

「そんな! 私もう十七っす! 家事も出来ますし、心配いりませんて!」

「家が無事か心配だって」

「あー、そっちかぁ……」


祈さんは「そんなわけで数日お世話になるから」と背後にある大量の荷物を叩いた。

スーツケース三つはあるぞ。旅行下手か。

出張慣れしているサラリーマンを見習ってほしいものだ。


「あ、そうだ祈さん。一つだけお願いがあるんですが」

「何よ?」

「足洗ってください。臭いんで」

「あんた殺す」



閑話休題。



足をタオルで拭いている祈さんを眺めながら、私はそっとため息をついた。


「でも、お師匠様もお師匠様です。帰らないなら前もって連絡くらいして欲しいもんすよ」

「帰らないってわかると何するかわからないって言ってたよ」

「ははは、何をははこやつめははは」


何をするかわからないだと?

何もしたりしない。

少し、新しい魔法の実験に小動物つかいまを拝借するだけだ。


そのようなことを考えていると、頭の上にカーバンクルが乗って来た。


「なんじゃおまいは。寂しゅうなったんか? おーよしよし、わしゃしゃしゃしゃ」


私が頭をぐしゃぐしゃに撫でてやると、ギャインギャインとカーバンクルは悦びの声を出した。

これは彼なりの悦びの表現であり、拒まれている訳ではない。

そう、決して。


すると「おー」と祈さんが心なしか嬉しそうな声を出した。


「カーバンクルじゃん。うちにもいるよ」

「祈さんもカーバンクルを使い魔に?」

「いや、同じアパートの大学生が飼ってんの。ペットショップでもらってきてさ」

「へぇ、お前ペットショップで売れるんだ……」


私が見つめるとカーバンクルは怯えたように体を震わせた。

怯えることはない。

ただ少し養殖して小金を稼ごうと思っただけだ。


「ところで、このハーブの調合はあんたが?」


祈さんはいつの間にか薬の棚を物珍しそうに物色していた。


「ああ、はい。そうです。よくわかりましたね」

「だってファウスト婆さん、最近じゃ薬学とかあんまりやらないでしょ」

「確かに」


お師匠様は様々な魔法に精通した人だが、それ故に忙しい。

ここ最近は特に時魔法の研究に勤しんでいる。

今、私がやっている薬学や植物学も、お師匠様の研究を引き継いだものだ。


「これ、良い香りね」

「良いでしょそれ。最近作ったんすよ。滋養強壮の効果もあって。会議終わりだと疲れてるでしょ、茶になるんで飲みます?」

「もらおうかしら」


ハーブティーは私の十八番だ。

お師匠様も気に入っており、よく朝食前にいれるよう言われることがある。

紅茶に似ているが、どのハーブを使うかで、味も、色も大きく変わる。


「美味しい、味も良いわね」

「紅茶混ぜたりして、味も整えてるんす。このハーブとこっちのハーブを混ぜると、香りが立って、更にここに魔法かけるとあーだこーだ」


私が解説すると、祈さんはどこか嬉しそうにハーブティーを口に運んだ。


「ふーん、あんた結構出来るみたいだね」

「いやぁ、まだまだ見習いっすよ。えへへへぐへへへひひ」

「笑い方汚いな……」


祈さんは呆れたように苦笑すると「見習いねぇ……」と意味深につぶやいた。

何ぞや。


「ここのハーブは自家栽培でしょ? どこかで畑でも作ってるの?」

「あ、そこの森で色々やってるんすよ。魔力管理してて」

「見たいわ。案内してよ」

「へぃ。実はちょうど私も森に用があったんです」

「なんか採取すんの?」

「祈さんのために薬湯をつくろうかと。ミントの油を用いた薬湯を使えば、足の裏もめっちゃいい匂いするんですよ」

「私、まだ臭うの?」

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