第6節 魔女の宝物

「自分でも不思議なくらい自然と涙が出てきたな」


街に戻る道中、肩に乗ったカーバンクルを撫でていると、隣でフィーネが静かに口を開いた。


「なんかあの光を見ていてね、グワッと色々なこと、思い出しちゃって」

「お祖父さんとのこと?」

「うん。一緒に遊んだことや、ご飯食べたこと、怪我したら頭をなでてくれたこと。色んな光景が一気に浮かんできた」

「相変わらずのお祖父ちゃんっ子だ」

「時計から出てきたあの光が、精霊?」

「たぶんね。本当は違う姿をしているのかもしれないけど。あの魔法で呼び出した時は、あんな感じ」

「そっか。……何か優しい光だったね」

「んだな」


時計屋の前まで戻ってきた時、フィーネは足を止めて、店内を眺めた。


「私、ちょっと時計買っていこうかな」

「お、新しいやつ? 良いじゃん良いじゃん」

「うん。私にピッタリの精霊教えてよ」

「もっちろん! 幸運を呼ぶやつ選んだげるよ」

「ありがと。あっ、でもメグ、仕事は? 買い物に行くとか言ってなかったっけ?」

「えっ?」


その瞬間、私の脳裏に宇宙が広がった。

地球、太陽、銀河、スーパーノヴァ、ビックバン。

果てなき宇宙の壮大な風景が、脳裏を埋め尽くし、思考を停止させる。


「大丈夫? メグ? おーい、戻ってこーい」

「こ、こここ、ここここ」

「こ?」

「殺される……!」


私は身を翻すと、その場から全力でダッシュした。

空ではすでに陽が傾き始めている。

よくよく考えたらまだ買い出しもしていないし、晩御飯の準備もしていない。

洗濯物も干しっぱなしだ。


「メグー!」


背後から呼びかけられる。

足を止めることなく顔だけ向けると、フィーネが手を振っていた。


「ありがとね! また時計見せに行く!」


背後にいるであろう親友に、私は思い切りサムズアップして街を駆けた。

夕陽に照らされるその姿は、フルマラソン選手のようであったという。




「た、ただいま戻りました!」


ドアを開けて開口一番そう言ったものの、何の反応もない。

いるのはキョトンとした顔でこちらを向く小動物達のみ。

まるで人の気配がない。


怪訝に思っていると、パシパシと頬を叩かれた。

見ると、カーバンクルがこちらに首を振っている。


「そう言えばお師匠様、しばらく留守にするんだっけ」


そう思った途端、ガクッと足から崩れた。

街からここまで全力ダッシュで帰ってきたのだ。

崩れもする。


その時、カタリとポケットからビンが落ちた。

涙のビンだ。

私は何気なくそれを手に取って、目の前で振ってみる。


涙の量が少し増えていた。

フィーネの涙だろうか。


「これで三滴か……」


夕陽を反射して、涙が心なしかキラキラと輝いて見える。

フィーネはこれを、純粋に感じるとか言っていた。

知ったふうなことを、などと思いながらも、どこか否定できない私がいる。


「何かこれ、私の宝物になりそうな気がすんなー。どう思うよ?」


私が使い魔に目を向ける。

カーバンクルが「キュウ」と鳴き。

降りてきたシロフクロウが「ホゥ」と鳴く。

嬉しそうな顔しおってからに。


「さってと、そろそろ晩飯にしますかぁ。お前達ー! ご飯の時間だよー!」


私がそう言って立ち上がると、家中から待ってましたとばかりに小動物たちが集まってくる。

現金な奴らめ。


でもなんだか今日は、そんなこの子達が愛おしい。


私が中に入ると同時に、シロフクロウはそっとドアを締めた。

これが、私の普通の一日。

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