第4節 街外れの角にある古びた時計屋

今日は何だか、空が青いや。

そう思って空を見上げると、一枚の羽が落ちてきた。

フクロウの羽だ。


「意外と鳥臭いのね」


ふがふがと臭いを嗅いでいると、シロフクロウが恥ずかしそうに鳴いた。


のどかな晴天のお昼時。

私たちは、街へ向かっていた。


肩にはカーバンクルが乗り、頭上にはシロフクロウが飛ぶ。

そして、隣には世にもかわゆい美少女が一人。

なぜ同じ霊長類人科メスなのに、これほど差が生まれるのか。


「どうしたの?」

「別に」


私はサッと、フィーネから顔を逸らした。


「んで、私は買い物に行くわけだが、フィーネはついてきて良かったの?」

「えっ? うん。ファウスト様にちょっとお願いがあったんだけど、留守みたいだったから。それに、あんたの顔も見ときたかったし」

「んもぅ、ほんとに私のこと大好きなんだからぁ」

「おバカ」


否定しないところに私への愛を感じる。

そんな馬鹿なことを考えはしたが、少し引っかかる物があった。

フィーネの表情に、陰りが見られたからだ。


何かあったのかと考えていると、ふと、彼女が手にはめている腕時計が目に入った。

彼女が昔からはめている、見慣れた腕時計。

それは、彼女の祖父の腕時計だった。


「ひょっとして、用ってそれのこと?」

「えっ? うん。よく分かったね」

「だって止まってんじゃん」


所々くすんだようなその腕時計には、細かな傷がたくさんついており、今は動く気配がまるでない。

本来の機能が失われてもなお、彼女はその腕時計を大切そうにはめていた。


「もう何年もハメてるからね。特に最近調子悪いんだ。それで、ファウスト様の時魔法で直せないかなって」

「ふーん……。ちょっと見せてミソラシド?」

「えっ? うん」


私は腕時計をマジマジと見つめる。

無機物であれ、有機物であれ、それが役割を果たす時、内側には気の流れが生ずる。

そこには、精霊が宿っているのだ。


東洋だとそれは『付喪神』だとか『八百万の神』だとか言われているらしい。

土地によって、呼び方も、捉え方も変わるのだと聞かされた。


働くものには精霊が宿る。

でも、役割を終え寿命を迎えたものからは、精霊の気配はしない。

この時計からは、精霊の気配がしなかった。


「どう? 直りそう?」

「うーん、これだけだと何とも。まぁ、一回時計屋さんに見てもらおうよ。いい店知ってんだ、私」

「メグはそう言うの、顔広いよね」

「仕事柄、特に商店の人とは関わることが多いからね」

「直ると良いんだけどなぁ……」

「買い替えちゃダメなの? 今、安くでオシャレなの沢山売ってんじゃん。若者好みのやつ」

「何ていうか、もう少しこの時計使いたいんだよね」

「ふーん……」


時計を見つめるフィーネの顔は、どこか物哀しく、寂しそうだった。


 ○


目的の時計屋は、商店の端の方にある、小さなお店だ。

レトロな雰囲気で、はっきり言うと少し陰気臭い。

でも私は知っている。

この店のおっさんが、誰よりも時計を愛していることを。


「おいちゃん、来たよ」

「おやメグちゃん、いらっしゃい。そっちの子は?」

「私のマイ・フェイバリット・フレンド・フォーエバー。マブダチってやつさ」

「すごい名前だね。マブダチちゃん? 英国人に見えるけど、インド出身かい?」

「インドに謝れ」


私が睨んでいるのをよそに、フィーネは我関せずで物珍しそうに店内を見回している。


「こんな所に時計屋さんがあるだなんて知らなかった」

「私もまだやってるとは思わなかったよ。とっくに破産して閉店してると」

「ハッハッハ、言うねぇこの子は、ハッハッハ」目が笑ってない。


ひしめくように時計が壁掛けられたこの店には、腕時計、目覚まし、鳩時計など、様々な種類の時計が取り扱われている。


そのどれもが正確な時を刻み、そして細かく手入れされているのがわかった。

どの時計にも、しっかりと精霊が宿っているからだ。

素人仕事だとこうはいかない。

本物の職人だからこそなせる技だ。


「それで、今日は何か用かな?」

「あぁ、この子の腕時計見てやってほしいんだけど」


フィーネが時計を差し出すと、おじさんは「どれどれ」と眼鏡をはめ直した。


「こりゃ珍しい、独国製のミリタリー時計だね」

「分かるんですか?」

「そりゃあ時計屋さんだからね。随分と良い仕事をしてる時計だね。特に部品の細工が良い。独国っていうのは時計職人の国だからね。職人のこだわりを感じるよ」

「それでその……直りそうですか?」

「ふむ、どうだろうね。ちょっと見てみないとわからないかなぁ。ただ、ご覧の通り今一人でね。他にお客さん来たらまずいから、一旦預かりだね」

「ふーん、それじゃあ……」




「何でこうなるの」


私たちは店のカウンターに座っていた。

おじさんがフィーネの時計を見ている間、店番をすることにしたのだ。

私の横で、ふてくされたようにフィーネが頬杖をつく。

窓からは、穏やかな街の風景と、そこを歩く人たちの姿を見ることが出来た。


「メグ」


フィーネが窓の外を眺めながら、平坦な声を出す。


「あんた、本当に死んじゃうの?」

「みたいだねえ」

「なんでそんな平気なのよ」

「平気ってか、実感がないだけだよ。悩むの苦手だし」

「あんたは昔から、ホントにポジティブおばけなんだから」

「なにそれ――」


半笑いでフィーネに目を向けてギョッとした。

その頬に涙が伝っていたから。

慌てて助けを求めようとしたが、いるのは無情に時計を刻む時計のみ。


「フィ、フィーネちゃん? な、なんで泣いてるのカナー」

「嫌だぁ、メグ死ぬの。悲しい……」

「勝手に殺すな!」


思えば、昔からこの娘は泣き虫だったような気がする。

普段はしっかりしているけど、人情深く、感情的で。

誰かが怪我をした時も、何かを成し遂げた時も。

嬉しくても悲しくても、すぐ泣いてしまうのだ。


「涙ふきなよ。私はまだ死んでないし、死ぬ気もないよ」

「メグ……」


私は布をフィーネに渡す。


「フィーネちゃんのカレッジ入学と卒業を見送らないとね。結婚式も出ないとだし、孫の顔も見たい」

「なにそれ、あんた、私の親?」


くすっと笑いながらフィーネは渡された布で涙を拭った。


「ところでこれハンカチ?」

「いや、雑巾だけど」

「……」

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