第3節 お茶会戦争

フィーネ・キャベンディッシュ。

地方都市ラピスに住む学生で、年齢は私より一つ下。

今年でもう十年以上の付き合いになる、私の親友だ。


確か出会いはいつ頃だったろうか。

昔、大規模な災害でフィーネの家が崩落した際、お師匠様と助けてあげたのが知り合ったきっかけ。

それ以来交流が増え、今に至る。


「何馬鹿やってたの?」

「ほほほ、ほんの些細で些末で微細なことでしてよ」


私はフィーネを油断させるべく、薄ら笑いを浮かべながら使い魔達と机を片し、お茶を彼女にいれる。

その中には先程作った試薬あれが入っていた。

使い魔の二匹がギョッとした顔をする。


「美味しいお茶を入れたわ、飲んで頂戴、フィーネ」


コトリと置かれたティーカップを見て、フィーネは訝しげな目をこちらに向けた。


「これ、何か変なの入ってるでしょ」

「な、なななにをケチつけてくれてるのかしら。ぶち殺すわよ」


フィーネが使い魔達に目を向けると、二匹はコクリと首肯する。


「この裏切り者がぁ……後で焼き肉にしちゃる」

「やっぱ変なもん入ってんじゃん!」

「人類の進歩に犠牲はつきものなのだ! こらえてつかあさい!」

「ふざけんじゃないわよ、誰が飲むか! うぐぐぐ」


私がフィーネと格闘しているうちに、いつの間にか使い魔達がお茶を流しに捨てており、この争いは終結した。

戦いを終えた私たちは「ぜぇぜぇはぁはぁ」と肩で息をして机に倒れ込む。


「いい……戦いだったね」

「どこがよ!」


叫んだフィーネは、呆れたようにため息を吐いた。


「それで、何でこんなもの飲ませようとしたの」

「もうこうするしか方法がないんだよ……。あたしゃもうダメだぁ!」


私は全てゲロした。

自分があと一年で死ぬこと、嬉し涙を千粒集めねばならないこと。


「呪い?」

「生まれつきの持病みたいなもんだって」

「へぇ、魔女にもそんなんあるんだね」

「へぇ、じゃないよ。私も初耳だよ。だから困ってんだよ」

「でも確かに、人の嬉し涙なんてハードル高そうだね」

「実際高いよ。見てよこれ。一週間で二粒。しかも嬉し涙じゃないの。クソッたれな魔法瓶が間違えて集めた、微塵ほども価値のないしみったれた親子のゴミみたいな涙」

「口悪……」


私がビンをフィーネに見せると、フィーネは興味深そうに中を覗き込んだ。


「私、魔法のことはよく分かんないけどさ、何て言うか、綺麗な涙だよね」

「そんなんわかるん? 通ぶって知ったようなこと言ってない?」

「清らかって言うか、純粋って言うか。余計な物がないように感じるよ」

「清らかねぇ……」


私がビンをフリフリすると、ベチャベチャと液体が瓶にぶつかる音がする。


「私にはただの汚らしい体液にしか見えん」

「あんたの心は穢れている」


お師匠様は、『感情の欠片』を集めろと言っていた。

だとすれば、この涙もまた、一つの感情なのだろうか。

私がビンの中身をにらみつけていると「でも」とフィーネが言葉を紡いだ。


「もし、薬を使って人から無理やり嬉し涙を引き出せたとしても、あんたは納得しないんじゃないの」

「知ったようなことを」

「何だかんだもう十年以上の付き合いですから」


まったく、彼女の人の好さには呆れる。

つい数分前、自分を実験台にしようとした人間だぞ、私は。


ただ、もし飲んでしまったら解毒薬を飲ませるか腹パンして吐かせるつもりではいた。

しかしそれをこの場で言うと友人を一人失う気がするので黙っておこう。


それに。

なんとなく、これじゃダメなのはわかっていた。

薬や、ズルをして生んだ涙は、きっと『感情の欠片』にはならない。

きっとそれじゃあ、種は生まれない。

そして、そんな物を自分の命の糧にするのは、なんか違う。


まぁ、実験しておいてそんなこと口には出来ないけれども。

思案する私を見て、少しおかしそうにフィーネは笑みを浮かべた。


「何ワロとんねん」

「あんた本当は優しいんだから。毒ばっか吐いてないで、たまには素直になりなよ」

「意外な言葉で私を評価するな」

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