第2節 英傑、大掃除する
「これで全員だね」
雑巾にエプロン、バンダナ。右手には掃除機。
完全武装した私の前には、この家に存在する全ての使い魔達。
「お師匠様がいなくとも掃除はじゃんじゃんやるよ!」
私の声に、小動物達が真剣な顔で私を見上げる。
準備は万端だ。
「始めぇ!!」
私の号令を合図に、使い魔達が一斉に散り散りとなり、掃除を開始した。
それに負けじと私も掃除機を持って廊下を走り回る。
まずは部屋の掃除、モップがけ、本の片付け、その後洗濯、洗い物と続く。
家が広いから使い魔を使わないと終わらないのだ。
「ほらほら、そこ! ちゃんと二匹でゴシゴシなさい! おトイレ? 早く巣に戻ってしなさい! そこ! 喧嘩しない! ご飯食べたでしょ!」
小動物達と一時間ほど格闘した後、ようやく掃除を終えることが出来た。
「ぶぇ~、づがれだぁ」
私が机に突っ伏すとカーバンクルが汗を拭き、シロフクロウが肩を叩いてくれた。
かわゆい奴らめ。
時計を見るともう十一時。
あと一時間後に使い魔達にご飯をあげて、昼飯を食って、午後は街に買い出し。
その後魔法の自主練とか、園芸作業とか、自分の魔法分野のお仕事か。
「ん~、紅茶の良い匂い。やっぱこれだよねぇ」
私は笑顔で紅茶を啜る。
ホッと一息ついて、使い魔達もご満悦。
時計の秒針が刻む、穏やかなティータイム。
私は静かに、机を掴んだ。
「んなことやっとる場合かぁ!!」
私がキレて机をひっくり返すと使い魔達が飛び退く。
ドンガラガッシャーンと気持ち良い音を立ててティーポットが割れた。
「もう一週間だよ! 私の貴重な寿命が一週間も使われたよ! 雑務に!!」
そう、私が死の宣告をされてから一週間が経過していた。
「そこに直れい!」
私が叫ぶと、シロフクロウとカーバンクルが目の前にちょこんと座る。
特に罪もない二匹を睨みつけながら、彼らの前を右往左往した。
「私は残りどれくらいのペースで涙を貯めなければなるまいのか」
私が尋ねると、シロフクロウが「ホゥ」とこぼれ落ちた水滴で字を書いた。
「い、一日三粒……?」
つまり日平均で三人を嬉しすぎて泣かせなければならないのか。
お師匠様の使いもやりつつ、一日数時間の限られた状況で。
「待て待て、この間の二粒集めるだけでも結構苦労したゾ。あれに更に一粒加えろと???」
シロフクロウとカーバンクルが頷く。
「うがー!」
私は頭を掻いた。
このままでは余裕で死んでしまう。
まずは時間の確保が先決だ。
私は思考する。
「一日に一番時間を取られてるのは家事だから、その元凶を消せばなんとか……。ということは、まずあのくそば……お師匠様を消さないと」
しかしまったくイメージが出来ない。
七賢人を私が倒す?
やろうと思えば国一つを一人で消せるであろう魔女を、私が?
「毒とか使ったら無理かな。トリカブトとか、麻痺薬のお香とか……毒?」
その瞬間、私の中に電撃が走った。
そうか、薬だ。
薬を使って強制的に涙を流せばよいのだ。
人のホルモン操作をし、アドレナリン分泌を促すことで感情を高める涙腺崩壊薬を開発し散布すれば一瞬である。
思い立ったが吉日。
私は早速いろいろな薬草を混ぜ合わせ、魔法をかけ、試薬品を作成した。
適当に作ったからすぐに出来た。
「あとはこれを誰で試すかだけど……」
私が使い魔をチラリと見ると、二匹はビクリと体を震わせる。
安心させようと、私は薄い笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ、死にはしないから」
首根っこをひっ捕まえるとカーバンクルは死にものぐるいでもがいた。
シロフクロウが私を後頭部からゲシゲシしばいてくる。
「仕方ないでしょ! 人類の進化のためには、犠牲はつきものなんだから!」
私が使い魔二匹とドタバタしていると「何やってんの?」と不意に声がした。
ピタリと動きを止め、一人と二匹してそちらを見る。
「またバカやってんの? あんた」
立っていたのは、友達のフィーネだった。
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