第5節 魔法の仕組み

ヘンディさんに連れられてキッチンへと足を運ぶ。

洗面所にはまだ歯ブラシが三本。

キッチンにはマグカップ、お皿。

アンナちゃんの母親が暮らした痕跡は、そこらかしこで見て取れた。


そっか。

まだこの家の時間は、止まったままなんだ。


「どうにも片付けが手につかなくてね」


ヘンディさんはポットでお茶を湧かしながら、困ったように笑う。

その姿は、何だか力が無い。


「なんか手伝うことあります?」

「お客さんなんだから、座ってていいよ」

「茶ぁしばくんなら、なんかしますよ。魔女は人助けの文化ですから。あとは、ちょっと茶菓子でもくれれば」

「あはは、じゃあせっかくだし、薬の調合でもお願いしようかな」

「合点」


私は棚に置かれている薬用のハーブを手に取り、すり鉢に入れて混ぜ合わせた。

昔は薬と言えば魔女が調合して作るのが当たり前だった。

でも、現代社会では医薬品業者から仕入れるのが普通だ。

調合されたハーブや薬草を摂取する人間は、今どき魔女にだっていない。


でも、飲み薬も塗り薬も魔法薬と混ぜて使用すれば効果が上昇する。

そうやって時代と共に、魔法も魔女も、在り方が変わってきている。


三種類のハーブを薬草と混ぜ合わせると、私はそこに手をかざした。

手の平に魔力を流すと、そっと仄かな光に包まれる。


「……我がめいの元に、その力を示せ」


するとハーブが静かに煙を上げて、いぶされはじめた。

魔力反応を起こしているのだ。

こうすることで、治癒効力が高まる。


「わ、すごぉい!」


いつの間にか戻って来たアンナちゃんが、私の手さばきを見て瞳を輝かせた。


「これが魔法?」

「そだよ、すごいでしょ」

「うん。何でも作れちゃうの?」

「それはちょっと無理。魔法をかけるのにも知識がいるから」


魔法と言われると、無限に何でも起こせる奇跡の技に思われている節がある。

でも、違う。

魔法にも分野があり、現象や物質の知識がないと思った効果を出すことは出来ない。


火を起こすのなら物質に摩擦熱を発生させる。

水を出すのなら元素分解と結合を執り行う。

もちろん、爆発させるのか延焼させるのかでもやり方が異なる。


全ての魔導師には、それぞれ得意分野とそうでない分野がある。

私は薬学や植物学を勉強しているし、科学や化学を勉強する魔法使いだっている。

知識が無ければ、魔法は使い物にならない。


中でもお師匠様が使用する『時魔法』は別次元だ。

時間論と言うもの自体は物理学や哲学の分野と考えられ、時魔法にはそれらを補完するあらゆる知識が必要となる。


お師匠様はさらに千里眼も使えるので、知識を経て構築した時間魔法を、更に人体構造学や医学を通じて肉体に影響させ、時を読んでいると推察される。


私には無理だな!


「そう言えば、アルバムは?」

「あ、そうだ。持ってきたよ」


アンナちゃんはハッとしたように手に持っていたアルバムを机の上に置く。

ずいぶん分厚いアルバムで、沢山の写真が入っているのが見て取れた。

最初の頃はアンディさんと奥さんの二人で。

途中からアンナちゃんが加わって三人で。

それぞれ写真が撮られていた。


一つの家族の歩みが、このアルバムに描かれている。


「ずいぶん旅行写真が多いな……」

「僕も妻も旅行が好きでね。アンナが生まれる前は、よく一緒に世界を巡ったよ」

「金持ち風情が」

「ファウスト様もよく世界に出てるじゃないか」

「あれは仕事です。金の為です」


東欧、北欧、南米、欧米、アジアにも行っているのか。まさしく世界旅行だ。

私が写真を眺めていると、横からヘンディさんも「懐かしいなぁ」と声を出す。


「ほら、この写真。東洋に行った時の奴だよ。島国だね」

「和の装飾の建物が多いですね」

「あそこは昔の文化が残ってるから。そう言えばここで不思議な経験をしたなぁ」

「不思議な経験?」


首をかしげると、へンディさんは頷いた。


「山際の寺院を見に行った時のことなんだけど、雪が降ってたんだよ」

「雪?」

「ああ、暖かったのに不思議だった。ピンクの雪で、キレイだったなぁ」

「えー、アンナ知らない。ママとパパだけずるい!」

「いつかもう一度行ってアンナにも見せてあげようって話してたんだけどね」


そこでアンナちゃんのお母さんは病に倒れたのか。

なんだか辛気臭い空気が流れる。

湿っぽいのは苦手だ。


私は頭をかくと、棚の薬草類を見てハッとした。

そうか。


「アンナちゃん、お母さんの寝てるところってここから近い?」

「えっ? うん。すぐだよ」

「じゃあ連れてってよ、今から」


私はニッと笑った。


「ピンクの雪と、お母さんの好きな花、見せたげる」

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