第4節 刻の止まった家

「ここが私のお家!」

「でっけー家」


アンナちゃんの家は、街の中心街にある戸建の一軒家だった。

父親が開業医をしており、自宅と病院が併設されているらしい。

三階建てのレンガ造りの家は、この家が裕福である事を容易に想起させる。


「はぁ、いいな、アンナちゃんは」

「どうして?」

「だって、きれいじゃん、お家。きっとお金あるんだろうなぁって思って」

「お姉ちゃんはお金が欲しいの?」

「うん。くれる?」

「あはは、ヤだ」

「クソが」


下らないやり取りをしつつ自宅にお邪魔する。

中に入ると「パパー、お客さんだよー」とアンナちゃんが奥に走っていった。

その後をゆっくりと追う。


ふと、廊下の隅にホコリがあるのが分かった。

掃除はしているのだろうが、手入れが行き届いていないと言う印象だ。


廊下の先で、開いたドアから光が漏れていた。

どうやら病院と自宅の中間部にある部屋らしい。そっと中を覗く。

アンナちゃんと、その父親らしき男性が居た。


「アンナ、診察室に勝手に入っちゃダメじゃないか」

「パパ! お客さんだよ!」

「病人かい?」

「誰が病人や」


思わず突っ込むと、父親と目が合う。

眼鏡を掛けた、短い金髪の、物腰柔らかそうな男性。

その瞬間、私も男性も「あっ」と思った。


「なんだ、ヘンディさんじゃん」

「あれ? メグちゃん? どうしてここへ?」


私達が目を丸くしていると、アンナちゃんがキョトンとする。


「お姉ちゃんとパパ、知りあいなの?」

「うん。だってヘンディさん、うちのお得意様だから」


魔女と医者は、昔から密接な関係にある。

魔女は薬の素材の質を魔法で上昇させることが出来るし、治癒効果を高めることが出来るからだ。


魔法のかかった薬なんて気持ち悪くて使えないと言う人もいるから、全ての病院で使われている訳じゃない。

でも、ヘンディさんは、そんな魔女の薬を治療で使ってくれる良識ある医者の一人だ。

特にお師匠様の作った回復薬は、外傷の治癒には非常に効果が高く、重宝してくれている。


「それで、どうしてメグちゃんがここへ?」

「ママにお花上げに来てくれたの!」

「お母さんが静かに眠れるようにって、沢山のお花をお師匠様にお願いしようとしてたみたいです。それで、代わりに私が」


私が言うと、ヘンディさんは表情を変えて「そっか……」と呟いた。

その表情はどこか優しく、どこか寂しい。


「アンナちゃんのお母さんが好きだったお花って、覚えてません?」

「花かぁ……ちょっと覚えてないなぁ」

「チッ、使えねぇ旦那だな」

「あはは、ごめんね」

「アンナちゃんはなんか思い出した?」

「ううん、分かんない。お姉ちゃんは何か分かった?」

「人にばっか頼らないで自分で考えてごらんよ。頭使って生きないと偉くなれないよ? まったく、親の顔が見たいよ」

「ホントごめんね、こんな親で……」


私の悪態に困ったような笑顔を浮かべるヘンディさんは、その人柄がにじみ出たような優しい人だった。

ともかく、これで振り出しに戻ったわけだ。

私が弱って頭を掻いていると「そうだ」とヘンディさんが手を叩く。動作が古い。


「確かアルバムがあったと思うよ」

「アルバムかぁ、確かに役立ちそう」

「でしょ? アンナ、書斎にあるから取ってきてごらん」

「わかった!」


トトト、と部屋から小走りに出て行くアンナちゃんを見送る。

ヘンディさんと目が合って、互いに苦笑した。


「元気な子ですね」

「お陰様で。妻は病弱だったんだけど、あの子は元気に育ってくれた。死んだ妻も喜んでたよ」

「亡くなって間もないんすか、奥さん」

「一週間も経ってないよ。すまないね、メグちゃん。本当はファウスト様やメグちゃんにも挨拶するところだったんだけど、葬儀も身内だけで済ませてしまって」

「良いよ、先生も大変だったろうし」


何だかしんみりした空気が流れる。

辛気臭いのは苦手だ。


「って言うか、すいません。仕事中に邪魔しちゃって」

「ああ、気にしないでよ。丁度午前の診察終わったばかりだから。せっかくだし、お茶でも飲んでいくかい?」

「喜んで」


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