第26話 逆転は最終コーナーの前に


「ふむ「冥極流の興梠」か。これはまた随分と懐かしい名を聞いたもんだ」


「三途之レジャーランド」の裏手にある作業小屋で、老人は古いダービーマシンを修理する手を止めて言った。芦田との待ち合わせまで二時間弱、ここはちょうどいい楽屋だった。


「あんたに似た名前のケヴィンって後輩がそこを訪ねるらしいんだが、俺もちょいとばかし興味を惹かれてね」


「そりゃあ惹かれて当然だろうな。あいつの心得ている術はそもそも「亡者」と相対するための術だからな」


「どういうことだ?」


「もうかれこれ四十年ほど前になるかな、亡者がらみのいざこざで生死をさまよう目に遭ったのさ。その頃はわしもちょっとした護身術をたしなんでいて、互いに手のうちを披露しあったものだ。お前さんも奴に会ったら手数の一つや二つ、増えることだろうよ」


「へえ、そんな知り合いがいたんだな。……ところで「仕掛け」の方はどうだ?」


 俺が尋ねると、ケイン爺さんは横顔で不敵な笑みをこしらえた。


「万事手抜かりは無しだ。仮に一つ目の「仕掛け」が機能しなくても第二、第三の仕掛けを用意してある。心配するな」


「さすが便利屋ケインだ。恩に着るぜ」


「なに、借りはいつかまとめて返してもらうさ。それまではツケで構わんよ」


 ケインはそう言うと、ダービーマシンの筐体をパンパンと叩いてみせた。


「ようし、治ったぜ。お前さん好みの大時代なギャンブルゲームだ」


 俺は巨大な会議机ほどもあるマシンを惚れ惚れと眺めた。やはりビデオゲームより、実際のギミックが動くゲームの方が心が躍る。俺が思わず近づこうとした、その時だった。


「あら、カロン。ここに来るなんて珍しい」


 振り向いた俺の目に、ポニーテールの少女が飛び込んできた。ケイン爺さんの孫の魔魅香だ。俺がどうやり過ごすか考えあぐねていると、少女が跳ねるように近づいてきた。


「うわあ、懐かしい。これ、好きだったのよね。……どう、カロン。久しぶりにやってみない?」


 いきなりゲームに誘われ、俺が面食らっていると、爺さんがふふんと鼻を鳴らした。


「ちょうどいいわい。直ったばかりで試運転をしとらん。コインをやるから動かしてみろ」


「やったあ。じゃあ私、ここね。カロン、好きなところに座って」


 半ば強引に決められ、俺は肩をすくめた。まあいいか、芦田との約束までまだ一時間以上ある。ちょうどいい暇つぶしかもしれない。


 俺は楕円形の筐体を囲む椅子の一つに腰を据えると、爺さんから渡されたコインをベットした。向かいの席では魔魅香が慣れた手つきで同様の操作を行っていた。

 まったく子供の癖に俺より堂に入ってやがる。


 ファンファーレがなると、ゲートから競走馬の形をしたフィギュアが一斉に飛びだした。


「ようし、いい感じだ。まだ勘は鈍っちゃいないぜ」


「どうかしら。勝負は最後の最後までわからないわ」


 俺たちは互いにけん制し合いながら、最終コーナーを回った馬たちに熱い眼差しを注いだ。見ろ、俺の賭けた順番通りだ。5―4―2……なにっ?


 ゴールまであとわずかと言うところで俺は言葉を失った。それまで最後尾にいた馬が突然、あり得ないスピードでまくってきたのだ。

 それだけなら機能上あり得なくはないが、俺の目が捉えたものは、馬がフィギュアを支えるシャフトから完全に浮遊し、空中を飛んでゴールに向かう姿だった。


「汚いぞ、魔魅香。こんな時に「力」を使うなんて」


 俺が苦言を呈するとゴール直前で馬の動きが止まり、ころんと盤面に転がった。


「てへ、ばれたか」


 ゲームが俺の勝利に終わった瞬間、不良娘はばつの悪そうな笑みをこちらに向けてきた。


 魔魅香はこの「力」のせいで学校から居場所を失い、歓楽街が遊び場になったのだ。


「どうせ使うのなら賭け事じゃなく正義のために使えよ。俺みたいに」


 俺が大量のコインが入ったカップを揺すりながら言うと、魔魅香は「まだ丸くなる年じゃないよ、カロン。女の子はちょっと悪いくらいが可愛いと思わない?」と言い返してきた。


                 ※


 午後八時。ボーリング場の奥のレーンに身を潜めていた俺は、入り口から現れた人影を見るや否や、立ちあがった。


「ようこそ、芦田さん。荒木じゃなくて申し訳ない」


 俺が出迎えると驚いたことにグレーのスーツに身を包んだ芦田は、予想済みとでも言うかのように不敵な笑みを浮かべた。


「どういたしまして。こちらこそ、取引に応じられなくて申し訳ない」


「どういうことだ?」


 俺が妙な胸騒ぎを感じて問い返すと芦田は肩越しに振り返り、何やら短い言葉を口にした。


「なにっ?」


 芦田の背後から現れたのは黒い戦闘スーツに身を包んだ二人の人物と、その二人に腕を掴まれてもがいている沙衣とケヴィンだった。


「きさま、人質を取ったのか!」


「悪名高い特務班が背後にいるとなったら、このくらいはしないと対等ではないからね」


 芦田の勝ち誇ったような口調に俺は思わず歯ぎしりをした。


「兄貴、すいません、俺がドジ踏んだばっかりに」


「……カロン、私に構わず戦って!」 


 二人の後輩が代わる代わる叫ぶ詫びの言葉が、逆に己の迂闊さを実感させた。


「必ず……必ず助けるぞ、ケン坊、ポッコ!」


 俺がそう呟くと、芦田の目が歓喜の光と共につり上がった。


「さあどうします?特務室のエース、通称「不死身のカロン」さん」


 俺は胸中を悟られぬよう表情を殺しながら、次の一手に向けて思考を巡らせた。


             〈第二十七回に続く〉


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