第27話 不死者は黄金の銃弾で死ぬ


「……さて、どうするかな。あんたたちには通常の捜査を適用しなくて済みそうだ」


「どういうことですか?」


「背後に「亡者」がいるってことだよ。五道に死体を回収させたのも、あんたの背後にいる誰かの刺しがねだろう?違うか?」


 俺は斜め上の天井に設置されているカメラに視線を送りつつ、芦田を牽制した。


「違いませんよ。我々が開発している「スーツ」は格闘用などではありません。人間の力に冥界の力をを加え、生きながらにして亡者の力を使うことのできるスーツなのです」


「そんなこったろうと思ったよ。明石は格闘用と信じ込まされていたんだな」


「彼は純粋な男でね。そうとでも言わないと資金を提供してくれなかったでしょう」


「誰だ?お前たちの背後にいるのは」


「それを聞いてどうするんです?後ろをご覧なさい」


 俺は芦田の言葉にはっとして振り返った。同時に後方の壁面に穿たれたダクトから、黒いスーツを来た人影が飛びだしてきた。人影の背後からは、黒いもやが立ち上っていた。


「お前たち、魂を抜かれて亡者と一体化してるな?……くそっ、俺と同じ「不死者」か!」


 俺は特殊警棒に手をかけた。「不死者」となれば、血みどろの殺し合いは避けられない。


「さあ、その職務に忠実な男をばらばらに切り刻んでやりなさい!」


 芦田が叫んだ瞬間、俺はカメラに向かって目配せをした。同時に「ごうん」という大きな音がして俺に突進してきた人影が呻き声と共に転倒した。


「……なんだっ?」


 芦田の目に動揺がよぎった次の瞬間、沙衣たちを捉えていた男たちが「ぎゃっ」と叫んで次々と倒れていった。


「ポッコ、ケン坊、俺の方に向かって走れっ」


 二人が床を蹴った直後、芦田も高速で転がってきた物体に足を取られ、派手な音を立てて転倒した。敵を蹴散らした物体の正体は、ボーリングの玉だった。


「……カロン!」


 俺は飛びついてきた二人を抱きとめると、「しばらくここから動くな」と言った。

 ケイン爺さんがフロアの微妙な傾斜を利用して射出する玉は、ビリヤードのように正確にぶつかり合いながら敵だけを追い詰めてゆくのだった。


 芦田と数名のブラックスーツは徐々にフロアの一角へと後退し、やがて受付近くのソファーの前で身動きが取れなくなった。


「……いいぞ、爺さん。やってくれ」


 俺が号令を発するといきなり床が奈落のように割れ、芦田たちを飲みこんでいった。


「床下にステンレスの檻があるんだ。手を下さずして一網打尽、これが爺さん自慢の「仕掛け」さ」


 俺の得意げな説明を聞いても、二人の同僚は口をあんぐりさせたままだった。


「……さあ、下の階に移動しよう。動きを封じたとはいえ、相手は「不死者」だ。どんな能力を持っているかわからない」


 俺がそう言って足を踏みだそうとした、その時だった。「ふーっ、ふーっ」という不気味な息遣いがどこからともなく聞こえて来たかと思うと、いきなり入り口のドアが破られ、巨大な影がフロアに飛び込んできた。


「見つけたぞ、死神野郎」


 俺は目の前に立ちはだかった巨漢に一瞬、戦慄を覚えた。巨漢は全身にプロテクターを装着した、岩成だった。岩成は前回とは異なり、類人猿のような怪物の幻を背負っていた。


「岩成……お前も「不死者」なのか」


「変わらなきゃあ、貴様を倒せないからな。今度こそ、殺してやる」


 岩成はそう吠えると、右腕を高く振りかざした。岩成の動きに合わせ、背後の怪物の腕も同様の動きを見せ、幻の爪がぐんと伸びるのが見えた。


「ポッコ、ケン坊、下がってろ。場合によっちゃあ見たくないものを見るかもしれんが、何事も勉強だ。覚悟しろ」


 俺は警棒のグリップを回すと、鞭を引き出した。岩成が突進し、怪物の腕が俺の身体を襲った。俺は腕を紙一重でかわし、岩成の懐に飛び込むと鞭を放った。

 鞭が岩成の足首に巻き付いたのを確かめると、俺は鞭に邪気を与えた。たちまち青白い炎が岩成を包み、うめき声がこだました。


 ――やったか?


 俺が鞭を緩めようとしかけた、その時だった。下腹部に熱い痛みが迸り、何かが俺の腹の肉をごっそりとえぐり取っていった。


「……ぐあっ」


 俺は床の上に転がり、大量の血を吐いた。顔を上げると、岩成の背負っている怪物の爪が血に塗れていた。やはり不死者だ。物理的なダメージを与える能力を持っているのだ。


 俺は立ちあがった。同時に腹から血と脂肪に塗れた臓物が溢れだし、床を汚した。


 ――わしと合体しろ、カロン。こいつは時間をかけていてはだめだ。


 死神が俺に呼びかけ、俺は頷いた。短期決戦となれば、手加減の必要もない。


 ――ゆくぞ、カロン。お前は「人間」の方に集中しろ。


 俺の全身を死神の黒い気が満たし、身体を包む幻となった。俺はもう一度特殊警棒を手にすると、岩成の方を向いた。


「……があっ」


 再び岩成と怪物が俺に向かって突進し、俺はふたたび鞭を構えた。頭上で怪物の爪と死神の大鎌が激突し、俺は邪気を溜めた手で鞭を振りかざした。


「……何っ?」


 炎を孕んだ鞭が岩成に届くより一瞬早く、轟音と衝撃が俺の身体を貫いた。


 ――大丈夫か?カロン。


 死神の声が聞こえ、俺はどうにか倒れずその場に踏みとどまった。岩成に目を向けると、手に拳銃らしきものが握られているのが見えた。


 ――アンデッドリボルバーか!畜生、やつら本気で俺を殺す気だな。


 俺は床に膝をつきながら、ショルダーホルスターの「スケルトンマグナム」に手をかけた。通常の拳銃ではなんでもない俺も、亡者の銃で撃たれればそれなりにダメージをこうむる。こうなったら最強の武器を使うしかない。


「俺を甘く見るからこうなるんだ、刑事さん」


 勝利を確信したのか、岩成がゆっくりと間合いを詰めてくるのが見えた。……よし、もっと近くに来い。この銃は一発しか撃てないんだ。


 岩成が足を止め、銃口を俺に向けた、その時だった。


「……うっ?」


 いきなり何かが風のように横合いから現れ、岩成に体当たりをくらわせた。


「ケン坊!」


 ふらつく岩成の手前で荒い息を吐いているのはケヴィンだった。


「駄目だ、離れろ!お前が勝てる相手じゃない」


 俺が血で噎せかえる喉で必死に呼びかけると、ケヴィンは一瞬、こちらを向いて弱々しい笑みを見せた。


「……先輩を庇って死ぬ気か。いいだろう。死ねっ」


 岩成の背後の怪物が再び腕を振り回し、幻の爪がケヴィンのアロハを引き裂いた。


「あ……あ……」


「悪く思うなよ、小僧。亡者を相手にする部署に配属されたのが貴様の不幸だ」


 再び怪物がケヴィンに狙いをつけた、その時だった。ケヴィンの背後からもやのようなものが立ち上ったかと思うと、獣の形になった。


「なっ……なんだ?」


 獣はよく見ると犬と狼の中間のような姿をしていた。気高い姿をしたその獣は、ひと声「おおん!」と吠えるといくつもの姿に分かれ、怪物に襲いかかった。


「ぎゃああっ」


 怪物の呻き声がこだましたかと思うと、岩成の身体に逃げ込むように消えていった。


「くっ……くそっ」


 ――今だ、カロン。奴を撃て。


 死神が俺に命じた。撃つということはすなわち岩成を「殺す」ことになる。


 ――何をためらっている。撃たねばお前が殺されるのだぞ。


 気づくと怪物の消えた岩成が、再び俺の方に銃口を向けていた。俺が一呼吸遅れてマグナムを抜いた瞬間、ケヴィンの放った幻の獣が、岩成の手首に噛みついた。


「……うっ!」


 思わず拳銃を取り落とした岩成の前に飛びだすと、俺はマグナムの銃口を顔の前につきつけた。


「……こいつはスケルトン・マグナムといって、アンデッド・リボルバーの中でも最強と言われる拳銃だ。悪いが覚悟してくれ」


「ふん、見たところ俺の銃と変わりねえように見えるぜ。はったりはよしな」


「見た目は普通でも、中に込められている弾が違うのさ。こいつは悪者の身体にぶち込まれると、特種樹脂製の弾に封じこめられた五億年前の不死の甲虫が目をさまして、そいつの身体を粉々に吹っ飛ばすんだ」


「まさか……」


 俺は引鉄に指をかけ、力を込めた。一瞬、岩成の目が哀れを乞うように光を失い、指の動きが止まった。と、次の瞬間、岩成の頭の上から怪物の腕が現れた。


 ――まだ消えてなかったのか!


 俺がうろたえたその時、怪物の爪を死神が大鎌で受け止める気配があった。


 ――何をしている、早く撃て!


 俺は再び引鉄に力を込め、目を閉じて一気に引いた。凄まじい反動と共に弾が打ちだされ、岩成の身体深くめり込むのがわかった。思わず目を見開くと、岩成の体内で小さな物体が金色に輝くのが見えた。五億年前の甲虫が目覚めたのだ!次の瞬間、破裂音と共に岩成の身体は跡形もなく四散した。


「……すまない、岩成。俺も後で行くから、許してくれ」


 俺はふらふらと前に進み出ると、消滅した岩成の身体のあたりに落ちていた小さな物体を拾いあげた。甲虫を封じ込めた樹脂は、再び薬莢を取りつけマグナムになるのだ。


「……兄貴、大丈夫ですか」


 弱々しい足取りで近づいてきたケヴィンに、俺は「さっきのは……何だ?」と尋ねた。


「あれっすか。あれは……コヨーテっす」


「コヨーテ?」


「俺、餓鬼の頃、アメリカの荒野で迷子になっちまったことがあるんです。それから保護されるまでの間、コヨーテと暮らしてたんですよね。……で、日本に帰って来る時、その中でも最も魂が強力な奴がついて来ちまったんすよ」


「……なるほど、それで特務班付けに抜擢されたのか。よくわかったよ」


「兄貴、無茶はやめてくださいよ。本当に死ぬんじゃないかと思ったんですから」


 気が付くと泣きべそをかいているケヴィンの脇に、沙衣も立っていた。


「……カロン。覚悟って、こういうことだったのね」


 いつになく暗い表情の紗枝に俺は「そうだ。だが俺もそう簡単には死なない」と言った。


「そうよね。なんったって不死身のカロンだものね。こうなったら、私たちも自分の身くらいは守らなきゃ。……ね、ケン坊?」


 紗枝にいきなりあだ名で呼ばれ、ケヴィンはますます情けない顔になった。


「あっ、ひでえなあ。あれだけあだ名を馬鹿にしてたのに。変わるのが早いっすよ」


 ケヴィンの泣き言に、俺は思わず苦笑を漏らした。少しだけ平穏さを取り戻した空気の中で、俺は二人に向かってに次に取るべき行動を口にした。


「さあ、下の階に移動しよう。爺さんが捕えてくれた連中に会いに行かなくちゃならない」


             〈第二十八回に続く〉

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