第25話 鳩とかかしは道場をめざす
「打診いただいた取引の件、承りました。つきましては当日、「三途之レジャーランド」に指定通り午後八時に伺います。なにとぞよろしく」
地下鉄を降りて地上に出ると、俺は芦田からの返信を読み返しながら歩き出した。
荒木の名を語って芦田を誘いだすメールを打ったのは、一昨日のことだ。
当初はなんとか「被害者」本人の声を録音してうらみがましいメッセージを送ろうと思ったのだが、死神の知識をもってしても亡者の声をレコーダーに残す方法は知らないらしかった。
果たして奴は単独で現れるだろうか。もしものことがあった場合、ケイン爺さんの「仕掛け」はちゃんと機能するだろうか。
そんなことを考えつつ、「三途之レジャーランド」がある「
「よう、カロン。ダディに聞いたぜ。ケイン爺さんとこで「罠」をしかけるんだってな」
「石動さん……珍しいですね、こんな場末に」
「そうか?……以前はよく、お前さんと歩いた気もするがな。むしろ窓際職の今の方が、この町にふさわしい立場になった気がするよ」
「そんな……そもそも、石動さんのような切れ者がこんな町でスリだの押し込みだのを扱ってるなんて、宝の持ち腐れじゃないですか」
「うれしい事言ってくれるな、カロン。だが俺はこれでよかったと思うよ。適切な判断とはいえ、こいつで人を一人、殺めちまったんだからな」
石動はそう言うとコートをはだけ、腰のニューナンブを見せた。
「銃の撃てない俺をかばったばっかりに……イッさんを人殺しにさせてしまいました」
「勘違いだよ、カロン。お前さんをかばったつもりなんぞさらさらない。それに銃が撃てない代わりに、お前さんはこうして自分の適性にあった部署で活躍してるじゃないか」
「そう言ってもらえると、救われます」
「……そんじゃ、またな。ケイン爺さんによろしく言っといてくれ」
石動は俺に背を向けると、雑踏の中へと姿を消した。
――俺の適性……か。つまり生きた人間とは縁が薄いってことだな。
俺が自嘲めいたぼやきを口にした、その時だった。
「――カロン!来てたのね」
声のした方を見ると、別行動になっているはずの「同僚」が向かいの通りに立っていた。
「どうしたんだお前たち。このあたりは聞きこみの対象じゃないだろう」
「……へへっ、堅い事言いなさんなよ、兄貴」
「兄貴ィ?」
沙衣の背後から、かかしにリーゼントを乗せたような若者がひょっこり顔を出した。
「そっ。……だって先輩じゃよそよそしくないスかあ?俺、ポッコ先輩から兄貴の不死身の武勇伝を聞かされて、すっかり憧れちまいました」
「兄貴ねえ……まあいいか。ところでお前たち、こんなところでなんの捜査だ?」
「実はね、明石に会いに「アンフィスバエナ」に行ったら「一昨日から欠勤されていて、連絡が取れません」だって。
せっかく来たのにどうしようって思ってたら、秦さんって言う施術師の人が「もしかしたら明石さん、「道場」に行ってるんじゃないかな」ってヒントをくれたの。その「道場」が、このあたりにあるらしいのよ」
「道場?」
俺は秦という名前の主を思いだそうと、しばし宙を睨んだ。そうだ、秦陽海。たしかハンク由沢のトレーナーで、カフェで岩成が暴れた時、高みの見物を決め込んでいた男だ。
「
「ふうん、で、そこを訪ねてみようってわけか。道場やぶりだな。まあ頑張ってくれ」
「何かわかったらあとで報告するわね。……でもカロン、危ない真似はほどほどにしてね」
沙衣がまるで幼稚園児に言い聞かせる保母のような口調で言った。
「ああ。心配は無用だ。そこの弟分が技をかけられて骨を折らないよう、見ててやってくれ」
「ひどいっすよ、兄貴、いくら何でもそこまで虚弱じゃないっす」
情けない顔のケヴィンと沙衣に背を向けると、俺は「お化け屋敷」の方へ歩き出した。
〈第二十六回に続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます