第24話 弟分はいにしえの風と共に
「『お化け屋敷』に一人で行くですって?どういうこと?」
俺が「罠」を掛けるのは一人でいいと告げた途端、沙衣が色をなした。
「どうもこうもないさ。今度ばかりは今までとは勝手が違う。通常の捜査じゃない」
「今までだって一緒に危険な場面を切り抜けてきたでしょ。今さら蚊帳の外なんてひどいわ。それに、捜査は基本、二人一組と決まってるわ」
「その基本が通用しないんだよ。危険の度合いだって桁が違う。簡単に言うと、今回の相手は普通の人間じゃない」
「今回も、でしょ。これだけ色んなものを見たらさすがに驚かないわよ」
「確かにお前さんには亡者が見える。だが、直接相手をするわけじゃない。ミス・ダリアの話を聞いて、今回の事件の背後には亡者たちのネットワークがあると確信したんだ」
「亡者が荒木の死体を欲しがったってこと?」
「おそらくはな。あのスーツは単に人間の肉体を強化するための物じゃない。新しい格闘なんてのはまやかしで、きっと裏には別の企みがあるはずだ」
「その首謀者をあぶりだすために行くんでしょ。だったら私も……」
「聞き分けのない事を言うなよ。これが五道や芦田程度の悪党なら、さほど怖くはない。だが黒幕はきっと闇の力を操る何者かだ。牛頭原が手を出しかねた理由もその辺を察したからだろう。いいか、ポッコ。これは俺向きの戦いだ。死人のことは死人に任せてくれ」
「そんな……」
沙衣が目に困惑の色を浮かべ、口ごもった時だった。
「……よっ、悪いな。遅くなっちまって」
勢いよくドアを蹴って入ってきたのは、壁倉だった。
「そろそろ捜査も核心に近づいてきたそうじゃねえか。早速、人事に手を回して助っ人を手配して来たぜ。……おい、入んな」
壁倉に促されてドアから入ってきたのは今時珍しい、リーゼントにアロハシャツのひょろりとした青年だった。
「はあ……ここが噂の特務室っすか?」
青年はアロハの袖から覗く枯れ木のような腕をぶらつかせながら、入ってくるなり手近な椅子にぐったりと崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か?」
俺が声をかけると青年は蚊の鳴くような声で「本日付で特務室勤務になりました、ケヴィン
「また妙なのがふえちまったな。ただでさえここは狭いんだ。勘弁してくれ」
「へへっ、見ての通り場所は取らない体格っすよ、先輩」
「……先輩だって?」
俺は柳のようにゆらゆらと体を揺らしているケヴィンに問い質した。
「ええ。あなたの二年後輩です。……不死身と噂のカロン先輩。よろしく」
青年は弱々しい口調で俺に告げると、宇宙人のように細長い指で俺に握手を求めた。
「ええと……なんつったっけ。ケイン?」
「ケヴィンです。一応、向こうの血がちょっと入ってるんで」
ケヴィンは人懐っこい顔で言うと「ええと、こちらのお姉さんは」と沙衣の方を見た。
「河原崎沙衣よ。この部屋ではあなたより二週間ばかり先輩になるわね」
「……一応、ここでは「ポッコ」って呼んでるよ。鳩みたいだろう?」
俺がそう紹介すると、沙衣が非難めいた眼を向けてきた。
「言っておきますけど、私、その呼び名を認めたことはありませんからね」
俺は沙衣の苦言をあえて聞き流すと、壁倉の方を向いた。
「ダディ、このあんちゃんは何て呼びましょうかね。ケヴィンってのはちと言いずらい」
「そうだな。ケヴィン、ケヴィン……簡単に「ケン坊」ってのはどうだ?」
「ケン坊……」
あまりにもシンプルなネーミングに俺が戸惑っていると、沙衣がケヴィンに耳打ちした。
「ちょっと、嫌だったらそう言った方がいいわよ。放っとくとこの人たち、その名前で呼び始めるわ」
「……いいっすね」
「は?」
「俺、ずっと向こうの愛称で呼ばれてたんで、こういう日本的なあだ名って新鮮っす」
「ようし、決まりだケン坊。明日からポッコと聞きこみに行ってくれ」
「カロン先輩はどうするんすか?」
「ポッコには言ってあるんだが、ちょいとばかし込み入った仕事を抱えててな。俺は単独で動くことになってるんだ」
「駄目よカロン、私も……」
あくまでも同行にこだわる沙衣を、俺はあえて厳しい目で見据えた。
「君たちは君たちでできることがあるだろう。荒木の奥さんや明石に聞きこみをするとか」
「ひどい、そんないかにも除け者みたいな……」
なおも食い下がろうとする沙衣に壁倉が「ポッコにはケン坊の教育係をやって貰う」と言い放った。
「教育係ですか?……でもたった二週間しか違わないんですよ」
「その二週間の間に随分、色々なものを見たんじゃないのか、なあカロン?」
「そうですね。なにせうちの部署には、説明が難しい特徴がたんとありますからね」
「ずるいわ、二人とも……」
怪訝そうに俺たちを見つめるケヴィンを尻目に沙衣は口をへの字に曲げ、肩を猛禽類のようにいからせた。
〈第二十五回に続く〉
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