第23話 神秘の館で深紅の爪が舞う
地味な雑居ビルのガラス戸を潜った俺たちの前に現れたのは、極彩色の曼陀羅だった。
「浮遊空間」はエキゾチックな雑貨の店や、妖しげな占いの店がひしめく異空間だった。
「エントランスからしてこれかい。これじゃ目的の店につくまでに目が痛くなるな」
俺は曼陀羅の周囲に放射状に記されたテナント名から、目的の「輪廻の花」を見つけだした。店はどうやら七階にあるようだった。
「なんだか学園祭みたい、ちょっと惹かれちゃうな」
様々な異国の民芸品が並ぶエントランスを横切りながら、沙衣が楽しそうに言った。
「あんまりはまってくれるなよ。大人の学園祭は金をしこたまふんだくられるぜ」
ちょっと偏見かなと思いつつ、やって来たエレベーターに乗りこむと、沙衣が目を見開いてその場に棒立ちになった。
「すごい、見て。天井も壁も神様や怪物の絵だらけよ」
沙衣は幾分、引き気味に驚きの声を上げた。
「お前さんくらいの年頃の子はみんな、こういうのが好きなんじゃないか」
「限度ってもんがあるでしょ。こんな風に世界中のお化けに四方八方から見つめられたら、どうにかなっちゃうわ」
「まさにそれが狙いなんだろうな。店の入り口をくぐる頃には催眠にかかってるってわけだ」
エレベーターが七階につくと、俺たちは似たようなレリーフやタペストリーが並ぶ廊下を奥へと進んでいった。目的の店は一番奥にあり、扉をくぐると雑貨コーナーを兼ねた狭い受付スペースが現れた。
「すみませーん。どなたかいらっしゃいますか?」
俺が受付の奥に向かって声をかけると、ほどなく年配の女性が姿を現した。
女性は紫のヴェールの下から薄い色の瞳を覗かせ「いらっしゃいませ。占いですか?」と言った。
「いえ実は私、警察の人間でして、二年前に亡くなった荒木丈二という人のことでお話を伺いにきたのです」
「荒木さん……」
「失礼ですが日塔菊美さん……ミス・ダリアさんですね?」
「そうです。ここでタロット占いを主にやっています。荒木さんとはまた、古い話ですね」
「ええ、捜査本部はもう解散してるんですが、ある方から荒木さんがカムバックに関して日塔さんの力をあてにしていたと伺ったもので……どういう支援をされていたのかな、と」
俺が核心に切り込んだ問いを放っても、ミス・ダリアは眉一つ動かさなかった。
「それはもう、メンタル全般ですわ。あの方はわたくしの占いを信頼していましたから」
「具体的にどんなことを占ったか、教えていただけないでしょうか」
「まず、どのくらいの早さでカムバックできるか、タイトルマッチに挑戦できるか……」
「それがあなたにはお分かりになったのですね?」
「ええ。わたくしといいますか、わたくしの力の源である、紅い
「紅い梟?」
俺が唐突な単語に眉をひそめかけた、その時だった。ミス・ダリアの背後から深紅のもやが立ち上ったかと思うと、前後に顔のついた紅い梟が翼を広げるのが見えた。
「……これは!」
俺が身構えるとミス・ダリアはくっくっと喉の奥で笑い声を立ててみせた。
「お前がここに来ることは予想済みだよ、カロン。フロア全体がお前の敵だとして、果たして逃げ切れるかな?」
「また双頭か。……ポッコ、俺のそばから離れるな!」
沙衣が背後に身を顰めたのを確かめると、俺はミス・ダリアの前に立ちはだかった。
「さあ来い、占いおばちゃん」
「できそこないの亡者よ、エネルギーを残らず吸い尽くしてやろう!」
赤い羽ばたきが見えたと思った次の瞬間、俺の左手首に鋭いものがつき刺さった。幻とわかっていても、梟の爪は現実の爪と同様に俺の皮膚を破り、血を滲ませた。
「……くっ」
俺は右手で特殊警棒を取り出すと、手に溜めた邪気を炎に変えて放った。
幻の青い炎は梟の羽を焼き、赤い羽ばたきが後ろに飛び退った。俺はグリップエンドを回し、鞭を引き出した。スナップを効かせて鞭で床を打つと、青白い炎がミス・ダリアの足元を舐めた。
「……ひっ、グラウクス、いったんお戻りっ」
ミス・ダリアがひるむと梟は一瞬で小さくなり、肩の上に戻った。
「じゃあな、おばさん。荒木に「復讐」されないよう、気をつけろよ」
俺はそう言い放つと、沙衣をうながしてドアの方に引き返した。
「輪廻の花」のドアを開けると、エレベーターまでの廊下に複数の人影が立ち塞がっているのが見えた。人影は雑貨屋の店員なのか民族衣装をまとった女性ばかりで、背中からは蛇や鼠と言った動物の幻が覗いていた。
「ちっ、そういうことかい。……死神よ、出番だぜ」
俺が呼びかけると、目の前に黒いもやが広がった。見たところ敵が背負っているのは低級な動物霊ばかりのようだ。これならどうにかなるだろう。
――昼間だぞ、カロン。デリケートな戦いは期待するな。
死神はそう言うと、大きく口を開けた。死神の口から大量の黒い
「きゃああっ」
俺は駆け出すと、身をよじって幻の蝗を振り払っている女たちに向けて鞭の炎を葉なった。炎は低級霊を焼き、黒い煙へと変えていった。
――ふむ。わしが出るまでもなかったか。
「いや、そんなことはない。こっちはこぶ付きだ。多少のハンデは貰ってもいい」
俺は死神にそう言うと、振り返って紗枝に「来い」と手招きした。エレベーターにたどり着き、ドアが開くと死神は「ふう」と大げさな溜息をついて俺の中に引っ込んだ。
「これからはこんな戦いばかりになるの、カロン」
エレベーターの中で問いかける紗枝に、俺は「これ以上だよ、おそらくはね」と答えた。
〈第二十四回に続く〉
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