第20話 友、謎と共に冥界より来る


 荒木に関するちょっとした情報を仕入れたと沙衣から連絡が入ったのは、エネルギーチャージを澄ませて現世に戻ってきた午前九時過ぎだった。


「「もんぱるなす」っていうケーキ屋さんが、荒木の幼馴染のお店なんですって。ちょっと行って話を聞いてみない?」


 俺は情報の詰めこみ過ぎで固くなった頭のリフレッシュを兼ね、行ってみることにした。


 指示された通りに赴くと、そこは住宅地に埋もれた目印のない一角だった。「「もんぱるなす」という小さな看板を辛うじて見つけた俺は、店の前で所在なさげに携帯を見ている紗枝に声をかけた。


「よう、遅れちまった」


「そう?十分しか遅れてないわよ。てっきり三十分以上遅れてくると思ってたから、このあたりを散策しようかなって思ってたとこ」


「人聞きが悪いな。……まあ、それはいいとして、今回はお前さんが一切の仕切りをやってくれ。俺は助手としてお伴させてもらう」


 俺はぽかんとしている沙衣を押しこむようにして、小さな店舗に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ」


 店頭に姿を現したのは、三十前くらいの女性だった。紗枝によると、荒木の幼馴染が店長だという。この女性がそうだろうか。


「あの、お電話差し上げた三途之署の河原崎です。荒木丈二さんのことでお話をうかがいたいのですが……」


 沙衣が来意を告げると、女性店員は「ちょっとお待ちください」と言い置いて姿を消した。ほどなく戻ってきた女性店員は「奥のイートインスペースへどうぞ」と言った。


 女性店員に促されるままショーケースと壁の間の通路を進んで行くと、やがて小さな喫茶室が目の前に現れた。


杉野紀子すぎののりこと言います。荒木君とは小学校の時からのつきあいです」


 女性店員は自己紹介すると、緊張した面持ちで俺たちと向き合った。


「二年前、すでに警察にはいろいろと聞かれたことと思いますが、あれから今までの間に何か思いだしたことはありませんか?」


 沙衣がやや性急気味に水を向けると、紀子は「さあ、そう言われても」と宙を見つめ、言葉を濁した。


「丈二君がプロボクサーになったころ、私もちょうどこのお店を始めたばかりで、お互い忙しくてちょっと疎遠になっていたんです。一応、スチールをお店に飾って応援はしていたんですが……」


 そう言うと紀子は喫茶室の壁に視線をやった。つられて目を向けると、ボクサーの格好をした男性がガッツポーズを取っているスチールがやや高い位置に飾られていた。


「ところで、妙なことをお聞きしても構いませんか」


 俺は二人が沈黙したところを見計らって口を挟んだ。


「なんでしょう」


「荒木さんはお化けとかあの世……つまりオカルトめいたことに興味を持っていたりはしませんでしたか?」


「オカルト……ですか?」


 紀子がオカルト、オカルトと口の中で繰り返し始め、さすがにこの質問は突飛すぎたかと俺が思いかけた、その時だった。


「そう言えば……一度この店に、占い師だとかいう方と一緒に来たことがありました」


「占い師?」


「ええ。奥さんの洋子さんじゃない女性だったから一瞬「どうしたんだろう」と思ったんですが、丈二君は「この人がついていてくれれば俺はまた、復帰できる」って興奮気味に話してて、大丈夫かなって思ったのを覚えています」


「占い師の力で、ですか?」


「変ですよね。筋力の強化もしているとは言っていましたが、それだけじゃ足りない、この世の物ではない力を使わないとチャンピオンには戻れない、そう言っていました」


「この世のものではない力……」


 俺がそう呟いた時だった。ポケットの中で、何かがごそごそとうごめく気配があった。


 俺はこっそり「死霊ケース」を取りだすと、荒木丈二の死霊を部屋の中に放った。


「その占い師って人、お店を構えていたりはしないんでしょうか?」


 沙衣が身を乗り出して問いを放つと、紀子は「ええと……どうだったかしら」と顎に指を当てた。俺は半透明の荒木が煙のように部屋を飛び回るのをぼんやりと眺めていた。


「ああ、そうそう。たしか「浮遊空間」とかいう占いや雑貨の店を集めたビルでお店をやっているとうかがいました。高校生くらいの女の子たちに人気があるビルみたいです」


「なるほど、わかりました。ちなみにその占い師さんのお名前は、わかりますか?」


「ちょっと待ってください、ええと……そうだ、日塔さん、日塔菊美びとうきくみさんとおっしゃったと思います。たしか「輪廻の花」とかいうお店で、そこでは「ミス・ダリア」と名乗っていると言ってました」


「ミス・ダリアさん……なるほど、ありがとうございます」


 俺たちは紀子に礼を述べると、席を立った。俺が荒木の霊をケースに戻そうとあたりを回すと、ふいに沙衣が囁きかけてきた。


「ねえ、カロン。やっぱり自分の姿だってわかるのかしら」


「えっ?」


 沙衣が目で示した方を見ると、荒木の霊が自分のスチールの前でゆらゆらと動いていた。


「そりゃあわかるだろう。かつての雄姿だからな」


 そう言ってスチールに近づきかけて、俺はおや、と思った。荒木の目線はスチールの下の方に注がれていた。霊となった荒木が何かに注目するなど、今までにはなかったことだ。


「いったい何を見て……んっ?」


 俺はスチールの下の方に、「がんばります。目標は世界チャンピオン!」と荒木の自筆らしき文字があることに気づき、はっとした。この文字、どこかで見たことがある……


「それじゃあカロン、次はこの占い師のお店に行くの?」


「……いや、その前にある場所に行って確かめたいことがある」


「ある場所?」


「荒木が死んだ現場だよ」


              〈第二十一回に続く〉

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