第18話 魔人の魂は業火と共に去る
――一体化は構わぬが、エネルギーが半分しか残っていないぞ。わかっているか?
――ああ、わかってる。だから早めにけりをつけるぜ。
――やれやれ。仮の命だからといって雑に扱われてはかなわんぞ。
俺は死神と一体化すると、ベルトに装着している特殊警棒を取りだした。これは支給されている物に改造を施したもので、亡者と戦う際には不可欠な武器だ。
「……ふん、そんな小枝でこの俺を倒すつもりかい、お巡りさん」
俺は警棒のグリップエンドに近い部分を回した。するとパチンという音と共に隙間が生まれ、中に仕込まれた特殊ワイヤーの一部が覗いた。これは特殊な鞭で、亡者との戦いにのみ、威力を発揮するのだ。
「――死ねっ!」
岩成は巨大な鈎爪を振りかざすと、俺の方に突進してきた。俺は身を屈め、膝のばねをたわませると亡者の吐く闇の匂いの中に突っ込んでいった。
「……なにっ?」
鈎爪が空を切り、俺はスライディングの要領で岩成の股ぐらに飛び込んだ。一呼吸遅れて振り返った岩成の足首に向けて、俺は鞭を放った。
「……ぐっ」
足首に絡みついた鞭のグリップを強く引くと、岩成はバランスを崩し膝をついた。
――よし、つかまえたぞ。死神さんよ「火」を貸してくれ。
俺が死神に呼びかけると身体の奥から黒い塊が溢れだし、グリップを握る手に集まった。俺は手の中の邪気を熱エネルギーに変えてワイヤーに送った。すると青白い炎が舐めるようにワイヤーを伝い、たちまち岩成の身体に燃え移った。
「がああっ!」
岩成が身体を捩って呻いた。すると岩成の体を覆っている黒い「もや」が溶けだすのが見えた。この炎は実際の火ではなく、亡者に取り付いた邪気のみを燃やす炎なのだ。
――やったか?
俺はワイヤーを足首から外し、手繰り寄せようとした。だがその直後、死神が「待て」と俺を制した。
――まだ手を緩めるのは早いぞ。……見ろ、「本体」がおでましだ。
炎に包まれてもがいている岩成の右肩のあたりに、何かが浮き出すのが見えた。良く見るとそれは、苦悶に歪んだ人の「顔」だった。
「うおおっ」
岩成は炎を振り払うと、顔を上げて咆哮した。得体の知れない「顔」が何かを訴えるように俺を見据え、再び岩成の身体から邪気が立ち上った。俺は警棒についているスイッチを入れた。ワイヤーと逆側の先端がアンテナのように伸び、鋭利な武器となった。
「ふんっ!」
岩成が足元のワイヤーを掴んで強く引くと警棒は俺の手からあっさりと離れ、地面に転がった。
――しまった!
不意を衝かれひるんだ俺に、岩成が獣のような雄たけびを上げて襲いかかってきた。
俺は前に飛びだすと、転がっている警棒の尻をつま先で蹴り上げた。
勢いがついた警棒は、突っ込んできた岩成の右肩に浮き出た「顔」にそのまま突き刺さった。
「ぎいいいっ!」
悲鳴に似た叫びが闇にこだまし、岩成の身体から邪気が煙のように立ち上った。
邪気はそのまま逃げるように岩成の身体を抜けだすと、暗い路地の奥へと消えていった。
「人間」に戻った岩成はがくりとその場に膝をつくと、そのまま地面に倒れ伏した。
俺は警棒を拾いあげるとワイヤーを収め、ベルトに戻した。
――危なかったな。あと五分決着がつくのが遅れていたら、死んでいたぞ。
俺ははっとして左の手首を見た。灰色に変色した手首は、今にもぼろぼろと崩れそうだった。俺は路地に突っ伏している怪物を見遣り、太い息を吐いた。
――さて、この化け物をどうしようか――
俺が考えをまとめようとした、その時だった。ふいに背後でエンジンの音が聞こえた。振り変えると、先ほどのトレーラーが目の前に停車していた。俺が身を翻して攻撃に備えると、運転席のドアが開いて黒づくめの人物が姿を現した。
「……なかなかやりますね」
人物が身にまとっているのは以前、俺が戦った相手と同じアンフィスバエナ製の格闘スーツだった。
「この人はこちらで回収させてもらいます」
人物はそう言うと、パチンと指を鳴らした。するとコンテナの一部が扉のように開き、黒い上着に身を包んだ男たちが数人、姿を現した。
「あんたたちの目的はなんだ?」
俺が問いを放つと、人物は「そのうちわかります」と短く返して背を向けた。
俺が次の行動をためらっていると、男たちはあっと言う間に岩成の身体をコンテナへと運びこんだ。
エンジン音と共に男たちが目の前から消え去った後、俺はふらつく脚で沙衣の元へと戻った。
「……何が起きてるの?怖いわ」
震える唇でそう告げる紗枝に、俺は「これがうちの仕事だ。そのうち慣れる」と答えた。
〈第十九回に続く〉
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