第17話 魔物達は月明かりを避ける
――いったいなんだこれは。
闇の帳が降りた「俺」の霊廟で、燭台を手に俺は呆然と立ち尽くしていた。
本来なら半分ほど残っているはずの炎が、逆に残り三分の一にまで減っていたのだ。
――まさか。まだ昼間だっていうのに。
俺は火が消えている燭台に歩み寄ると、手前のものから火を灯そうとした。
……が、いつもとは勝手が違い、蝋燭の芯に俺の炎がなかなか移ってくれない。
――くそっ、なんだか付きが悪いな。
苛立ちを覚えつつ、どうにか半分ほど炎を灯し終えたその時だった。どしんという重い響きが部屋全体を揺さぶったかと思うと、俺の意識が闇の外へ強引に引きずり出された。
「……なにがあった?」
ベッドから起き上がった俺は、周囲を眺めた。すると、リビングを挟んだキッチンの奥で誰かが尻餅をついているのが見えた。
「……おい、なにをやってる?」
俺はベッドから降りると、キッチンの方へ足を運んだ。
「カロン、この窓開かないわ」
俺の目の前で、眉をひそめた沙衣がそうぼやいた。
「よくわかったな。いかにもその窓は、開かない窓なんだ」
「どうして?」
「この部屋は事故物件でね。あちこち開けとくと、その辺にいる低級霊が仲間がいると思って入ってくるんだ。だからその窓はダミーなんだよ」
「事故物件って、どういうこと?」
「数年前、将来有望な警察官が強盗に刺殺されたんだ。それ以降、この部屋はいわくつきの部屋になったというわけさ」
「じゃあ、カロンはその事件の後に入居したってこと?」
「いや、事件の前からさ。哀れな被害者はお前さんの目の前にいるよ……どうだい、怖い話だろう?」
俺が凄みをきかせた口調で言うと、沙衣は少し考え、首を横に振った。
「生きてるカロンの方がよっぽど怖いわ。……だって死神がついてるんですもの」
※
「本当に言いだしたら聞かないんだから」
アパートの外階段を折り切ったところで、沙衣が振り返って俺に言った。
「もう十分、休んださ。普通に考えて、一人で帰る女性を男が送っていくのは当然だろう」
「……まあ、それでカロンの気が済むんだったら別にいいけど」
沙衣が呆れたように言い、俺は頷きつつ内心では別のことを考えていた。
実はエネルギーのチャージがまだ途中なのだが、ここから駅までは十分とかからない。お化けが出るにはいささか短すぎる距離といっていいだろう。
「こっちの道を行こう。近道なんだ」
俺は駅前通りに通じている狭い小路へと沙衣を誘った。見たところ、俺以外に怪しい人影はない。俺たちは細い道を無言で進んでいった。
やがて突き当りの丁字路が見え、ほっとしかけたその時だった。ふいに右手からトレーラーが現れ、どういうわけか俺たちの行く手を遮るように道の途中で停まった。
「なんだ?これじゃ先に進め……」
俺が訝った直後だった。コンテナの真ん中が水平に開いたかと思うと、何かが一列に顔を出した。
「……ポッコ、伏せろッ」
俺は沙衣の頭を押さえつけると、地面に伏せさせた。ほぼ同時にコンテナの窓から覗いたマシンガンの銃口が、俺たちに向けて一斉に火を吹いた。
タタタという連射音がひとしきり続き、塀や電柱に穴を穿つ音が暗闇にこだました。
連射音は十秒ほど続いた後、突然止まった。俺が地に顔を伏したまま様子をうかがっていると、やがてエンジンの音が聞こえてトレーラーが移動する気配があった。
俺は恐る恐る顔を上げ、危機が去ったことを確かめると沙衣に「もう大丈夫だ」と声をかけた。沙衣は血の気の引いた顔で俺を見つめ、訳がわからないというように頭を振った。
「くそっ、車からマシンガンか。一世紀前のギャング映画じゃあるまいし」
俺は悪態をつきながら沙衣を助け起こすと、闇を見据えた。
「引き返して別の道を行こう。この道は験が悪い」
俺が沙衣をうながして、小路を逆に辿ろうとしたその時だった。前方の暗がりに、巨大な人影が立ちはだかるのが見えた。
「あいつは……」
俺は月明かりの下であらわになった風貌を見て、思わず声を上げた。俺たちの行く手に立っていたのは、明石の会社で暴れていた大男だった。
「また会ったな、刑事さん」
大男はどす黒い悪意を含んだ声で言った。
「……明石の所から脱走してきたのか」
俺が質すと、男は首を横に振った。
「俺くらい強くなっちまうと、もう明石の手には負えないのさ。俺は自主的にプロジェクトを「卒業」してきたんだよ」
俺は押し殺した声で語りかける男の身体に、ある変化が生じつつあるのを見て取った。
男の身体の周囲から、黒い「もや」のようなものが立ち上っていたのだ。
――まずい、こいつは普通の人間じゃない。「亡者」が憑りついてる!
「俺の名は
男――岩成はそう言うといきなり右手を振りかざした。ただでさえ巨大な男の拳から、獣の爪のような形をした黒い「邪気」が立ち上るのがはっきりと見えた。
「……ポッコ、できるだけ下がってろ。こいつの相手は俺じゃないと無理だ」
――起きろ、死神。厄介な相手だ。こいつは二人で「一体化」して戦わないと駄目だ。
俺が沈黙している死神に呼びかけると、身体の奥で「ふむ」と物憂げな声が聞こえた。
〈第十八回に続く〉
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