第2話 再会……?

 そして日曜日。

 ぽかぽかとした柔らかな日差しが降り注ぐ中、結局花梨の忠告を無視したコハクは、用事を済ませて桜の木へ訪れた。


 この森は基本的に木々が密集しているのだが、不思議とこの桜の木の周りは木々がなく、ちょっとした広場のようになっている。


「相変わらずでっけえなぁ。人は……いつも通り誰もいないな」


 いくらマイペースな彼でも、他の人がいるのに昼寝をできるような図太さは持ち合わせていない。人がいないことを確認した彼は、木陰に入ってごろんと仰向けに転がった。


(落ち着くなぁ……ほん…と……)


 転がってすぐに眠気が襲ってきた。自分の家のベッドよりもこの桜の木陰のほうがよほど気持ちがいい。柔らかな風を浴びながら、寝転がって五分と経たないうちに、コハクは眠りについていた。




――あら、目が覚めましたか?




――ほら、私の横に来てください……




――風が気持ちいいですね。綺麗な花も咲いていますよ




――うふふ、私にとって、貴方は………




 夢を見た。


 声だけが響く、不思議で穏やかな夢。聞いているだけで癒されるような、清廉で透き通った声。


 しかし、その声の主が誰なのか分からない。

 名前も、顔も、その声を聴いた情景も、何もかも。


 歯がゆくてたまらないが、こればかりはどうしようもない。ただ為されるがままに、その声に彩られた真っ白な世界に身を任せるばかり。


 この人は、自分が夢の中で作り上げた架空の人物なのだろうか……と、そう思ったところで顔に冷たい物が落ちてきて、コハクは目を覚ました。


(ん……あれ……俺、枕なんか持ってきてたっけ……)


 ぼんやりとした意識の中で、彼は後頭部に柔らかな感触を感じていた。寝転がった時は何もなかったはずだが……。

 徐々に鮮明になっていく視界には、女の子がいた。きっとその女の子が膝枕をしているのだろう。



 そして。


 その女の子は、泣いていた。


 どこまでも綺麗に。どこまでも高貴に。


 その女の子は、笑っていた。


 どこまでも嬉しそうに。どこまでも奇跡的に。



 コハクの顔を見つめ、心の底から湧き上がる幸福感を噛み締めるような表情を浮かべて、少女はにっこりと微笑んだ。


 純白に輝く艶やかな長髪に、アメシストのような薄い紫色の大きな瞳をした少女は、目を覚ましたコハクに、



「十年ぶりですね、コハク。また貴方と会えて、本当に嬉しいです」



 涙ぐみながら、耳元で優しく囁いた。


 一方のコハクは、困惑していた。いや、それは仕方のないことなのかもしれない。

 なぜなら、白い髪で紫色の瞳の少女など見たのだ。初めて見たはずなのに、なんと夢で聞いた声と同じ声をしていたのでなおさらだ。


 そして何よりも彼を驚かせたのは、彼女の背中に生えている、二対の銀色の羽だ。


 羽の生えている人間などいるはずがない。

 つまり、今自分の目の前で微笑んでいる彼女は人間ではない別の何かだ。


 この世界において、人間と同じような容姿で、羽が生えていて、なおかつ現実に存在していた生物など、コハクの知る限りでは歴史上にたった一種類だけだ。


「妖精……?」


 コハクは膝枕をされていることも忘れて、思わずと言った様子で呟いた。すると、妖精と思わしき少女は小さく笑ってこう言ってのけたのだ。


「ふふふ、私が妖精だなんて、貴方は十年前から知っていたことじゃないですか。そんなことよりよだれ出てますよ?」


 少女はにこにこと笑いながら、白くて細い指でコハクの口元のよだれを拭っていたが、コハクはそんなことを気にしている場合ではなかった。


(何を……言ってるんだ……? なんで、この子は俺の名前を知ってる? 俺は、この女の子と……妖精と会ったことがあるっていうのか……?)


 心の底から嬉しそうな妖精の少女とは対照的に、コハクの中の謎は深まるばかりだ。


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フェアリーズ・ロスト 夢幻の花 鈴川龍也 @statice000

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