序章 貴方に会えて良かった
第1話 コハクと花梨
時は西暦二〇四〇年。
一年前にとある一人の研究者によって、これまでの常識を覆す人類の夢と希望が詰まった未知の「光」、『ホープ』が開発されたことにより、世界は新たなる一歩を踏み出そうとしていた。
『ホープ』の開発には特別な資源を必要とせず、非常に安価で作ることができるうえ、環境にまったく悪影響が出ない。
常軌を逸した万能性は、まさに究極無二の一言。
いまだ研究段階ではあるものの、世界は空前のホープフィーバーに包まれており、ニュース番組は連日その様子を報道していた。
……と、まぁそんな感じで歓喜に沸く世界中だったが、琥珀色の髪の毛が特徴的な高校二年生、
教室にておよそ四十五分ぶりに目を覚ました彼は、いったい何が起こっているのか理解できずにいた。
「んー……?」
寝ぼけ眼で顔を上げると、何やらクラスメイトの注目を浴びていることに気付く。
隣の席に座っている幼馴染の呆れた様なため息を聞いて、ようやく彼は事態の重さを理解し、恐る恐る右斜め横に立つ人物を見つめた。
「ずいぶん気持ちよさそうに寝ていたようだなぁ? 言い訳があるなら言ってみろ」
「………………誤解です」
「何が誤解なんだ?」
「気持ちよく寝てたってところです。変な夢を見ていたのであまり気持ちよく寝られませんでした」
「ふむふむそうか。放課後、職員室に来なさい。いいな?」
必死の弁明空しく、コハクは進級して初めての職員室への切符を手にしてしまったようだった。
**********
「こはくん、相変わらず馬鹿だねぇ」
放課後、例の教師から掃除を命じられて憂鬱そうなコハクのもとに、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした豊満な胸の幼馴染、
「ほ、ほら、昨日の夜もちょっと話しただろ? 昨日は例の『ホープ』搭載の次世代型パワードスーツの試着に呼ばれたんだ。そのせいで疲れてたんだって」
「こはくん、去年オルバスの武闘会で優勝したからって調子に乗ってない?」
「乗ってねーよ。今回の試運転に呼ばれたのだって、ぶっちゃけ丁度いい広告塔としか見られてないからな、俺。それでもありがたいけど」
二〇二八年に開発された高機動薄型パワードスーツ『オルバス』は、元々は兵士のために作られた戦闘用強化スーツである。
しかし、そのデザインが一般人からも非常に高い評価を得ているため(要はめちゃくちゃかっこいい)、競技型オルバス、潜水型オルバスなど、一般人にも扱いやすい様々な派生形が作られている。
競技型オルバスを使用した武闘大会も行われており、コハクはその前年度全国大会覇者なのだ。
競技用と銘打ってあるだけあって殺傷能力はかなり抑えられており、銃は実弾ではなくペイント弾、近接武器はレプリカの剣であり、本来の兵士用のものとは比べることすらおこがましい。
それでも生身の状態よりはるかにスピーディかつ力強い迫力のある戦闘が楽しめるとして、発売以降その武闘大会は世界的な人気を集めている。
そしてそのオルバスの後継機として、何かと世間を騒がせているあの『ホープ』を搭載したものが開発されていた。
「昨日装着した『ホープ』搭載のパワードスーツ……『ジオープ』って言うんだけど、それを使わせてもらったのは本当に貴重な体験だったよ。すっげえ速く動けてすっげえパワーだった」
「相変わらず悲しい語彙力だね。それよりさっさと掃除済ませちゃいなさい」
「なんだよ、ほんとにすごかったんだぜ」
「わかったわかった。あとでゆっくり聞いてあげるから」
花梨は『ホープ』だのジオープだのの話題は正直そこまで興味がなかったが、幼馴染がこうでは聞くしかあるまい。
それに話の内容はわからなくとも、楽しそうに話す彼の顔を眺めているだけで意外と時間は早く経つものだ。
「てか、別に待っててくれなくてもいいんだぞ? 先に帰っちゃえよ。指示された範囲的に今日は遅くなるからな」
「いいの」
「ふーん? ま、ひとりぼっちで掃除ってのも寂しいからありがたいけどさ」
「えへへ、でしょ?」
「ついでに手伝ってくれよ」
「だーめ。掃除は一人でやりなさい」
「あはは、分かってるよ。冗談だって」
どれだけ世界が変わっても、どれだけ革新が起ころうとも、それでも絶対に変わらないものがある。
それが、彼との関係だ。
これが良いことなのか悪いことなのかは、今はまだいい。
だが、過程はどうであれきっと自分はこの男の隣でずっと笑って暮らしていくのだろうという、漠然とした想いを彼女は秘めていた。
「そういえばこはくん」
「ん? なんだよ花梨」
「先生に言い訳してる時に、変な夢を見たって言ってたよね」
「ああ、言ったな」
「あれって、ほんとに見てたの? それともただの言い訳?」
「本当に見てたよ。てか、今日だけじゃなくて結構前からよく同じ夢を見るんだ」
「ふ~ん……どんな夢なの?」
「んーと、とにかく真っ白な世界の中で、声だけが響いててさ。そんでずっと俺に話しかけてくるんだ」
「……へぇ、なにそれ、気持ち悪い」
「別に気持ち悪くはないだろ……」
「気持ち悪いよ。吐き気がする」
無表情のままに棘のある言葉を吐くことがあるのは昔からだが、今の花梨の様子はどこか変だとコハクは感じていた。いつもよりもどこか必死で、何かを隠したがっているようにも見える。
「とにかくさっさと掃除終わらせちゃいなよ」
「ん、ああ、そうだな」
*********
この町は日本の中でも有数の巨大な桜の木があることで有名だ。町外れの小さな森にそびえる姿は見る者を圧倒する……のだが、町の住民達は皆あの桜に近付こうとはしない。
夕日に照らされ、小さな森から突出するようにそびえ立つそれを遠目に見ながら、コハクと花梨は下校していた。
「今年も綺麗に咲いたなぁ」
「…………ああ、うん」
「まぁ咲いたところで、なぜか花見客は来ないし町の人たちも花見をしないんだけどな」
「そりゃそうでしょ」
あの桜や森に関しては良くない噂が多い。森に入ると気分が悪くなったり、目眩がしたりするという体験談が異常に多いのだ。中には失神してしまったという住民もいるらしく、結果としてあの桜に近付こうなどという考えを持つ人間はこの町にはいなくなってしまった。
ただ一人を除いては、だが。
(でも、なんでだろう。みんな気分が悪くなるとか言って、あまりあの桜に近付きたがらないのに、俺は別に大丈夫なんだよな)
コハクはあの木に近付かないどころか、結構な頻度で訪れていた。気分が悪くなったり目眩がする、などということはまったく無く、むしろ心の底から安らぎを感じるのだ。
誰にも理解されることはないかもしれないが、あの木の下は彼にとって絶好の昼寝スポットであった。
(次の日曜日にでも、また昼寝しに行くか……)
そんなことを考えていると、彼の考えを見透かしたように、隣にいる花梨がジト目で口を挟んできた。
「こはくん、昔から言ってるけど、あまりあの桜の木には近づかないでね」
少しばかり強い口調でそんなことを言う花梨に、コハクは首を傾げざるを得ない。
「別に良くね? 俺はあの桜が好きなんだよ。すっげー落ち着くもん」
「……はぁ。『矯正』できなかったなぁ」
「え?」
花梨の声が小さすぎて聞き取れなかったため聞き返すが、彼女はそっぱを向いてしまった。どうやらもう一度言う気はないらしい。
(時々こういうことあるなぁ。昔からずっと一緒にいるけど、いまだに花梨はよく分かんねぇ)
女の子というのは難しい生き物なのだろう、と適当に自分の中で結論付けて、コハクは苦笑いを浮かべた。
「ねぇ、こはくん。小学生の頃、タイムカプセルを埋めたこと覚えてる?」
「え!? あ、ああ~……、もちろん、覚えてるけど」
「埋めた場所は覚えてる?」
「……公園にある大きな石の近くだよな?」
「うん、そう。覚えているならよかった」
急に何だろう、とコハクは思ったが、特に詮索はしなかった。
花梨は温厚でおおらかな性格だが、時折驚くほどの冷ややかな何かを感じることがある。
二重人格というわけではないのだろうが、そういった何かを感じ取ったときには、少し彼女と距離を置くのが一番無難な方法だとこれまでの経験から知っていたのだ。
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