麻呂は異世界で無双するでおじゃる! ~アマロ・カラスーマ伯爵の一代記~

むげんゆう

第1話

 日が傾き薄暮となった森の中の道。青い毛並みの馬に跨った貴人とその一行が帰宅の最中に事件は起きた。


 茂みの向こうから影が飛び出し、貴人に向かって飛びかかってきたのだ。


「ふむ」


 しかし貴人は瞬く間に剣を抜き放って一閃。飛びかかる影は二つに割れて無造作に地面に転がった。


「出ておじゃれ!隠れていても獣は臭いでわかりまするぞ!」


 貴人の凜とした一声に応え、周囲から筋骨隆々の巨漢、あるいは細身ながらも驚くほど引き締まった、いずれも上半身が狼や肉食獣の頭を持つ半獣半人が続々と姿を現した。


「ひぃ!」


 護衛の剣士は細身の直剣を震わせ思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。何せ護衛は僅かに五人。対して相手は十名以上なのだ。


 しかし標的とされた貴人は全く物怖じしていない。


「ほっ!残りはたったの十五か!ホハハハハハッ!」


 それどころか呵々と笑い出していた。


「見くびられたものよのう!」


 不敵に笑う貴人の挑発に応じて、怪物たちは四方から一斉に飛び掛る。しかし貴人はひらりと馬上から宙を舞って全ての刃をかすりもせずにいなすと、愛刀“淡雪”を閃かせ、次々と急所を切り裂いていく。すると切り捨てられた怪物たちは正に春の日差しを浴びた淡雪のように光りに溶けて消え失せていった。


「さあ、何をしておる!次々と掛かって参らぬか!」


「!!」


 次に飛んできたのは鎖分銅と短剣。操るのは先ほどの怪物と異なり人間。しかし誰もが赤銅の肌を持ち、不気味な仮面を被った暗殺者たち。いずれの力も早さも常人を遙かに凌駕していた。


 しかし貴人は鎖分銅を僅かに身を引いて回避。短剣を二指で挟んで投げ返すと、投擲した相手の方が首を貫かれて地面に転がった。


 再度投げられた鎖分銅をこれまた華麗に避けると、鎖はその背後の木に巻きついてしまう。これを掴んで引くと、アサシンは抗うことも出来ずに軽がると引き飛ばされ、そのまま首を討たれてしまった。


「ごおぉぉん!」


 次に現れた常人の倍以上の熊と融合した巨漢が鎖の先に鉄球がついた束を振り回して襲い掛かってくる。


 巻き添えを受けたアサシンの骸は無残に砕け散って血肉を辺りに撒き散らし、腰を抜かしていた護衛を血まみれにしてしまった。


「威勢は良いようじゃのう」


「ごるぁぁぁ!!」


 しかし貴人はやすやすとそれを避けると、まず巨漢の足の腱を断つ。悲鳴を挙げて崩れたところで今度はその首を一撃で討ってしまった。胴と首を放たれてしまっては如何ともし難く、巨漢もあえなく塵と失せ消えた。


「ぬうう……」


「頭、ここは私が」


 三日月のような刃の剣を両手にした精強な男が陽炎のように貴人の前に姿を現す。その仮面は赤い月が描かれていた。


「ほう」


 悠然と構える貴人とにらみ合う仮面の男。均衡を破ったのは仮面の男であった。


「ぬぅ!?」


 仮面の男の面から強烈な光が放たれる。突然の事に目を手で覆う貴人。その隙をついて仮面の男は四人に分身し、四方八方から縦横に三日月剣が振り下ろされて貴人を細切れに切り裂いた。


「?!」


「それは残像でおじゃる」


 背後からの宣告に驚く仮面の男。彼が切り裂いたのは中空だったのだ。


 慌てて同時に前に飛んで距離を離そうとしたのだが、すでに遅かった。


「何?!」


 前に飛んで距離を取ったと思いきや、すでに男の右手は繋がっていなかった。慌てて左手で傷口を押さえようとしたのだが……。


「たわけ。おぬしはもう死んでおる」


「!」


 その直後、仮面の男は仮面ごと頭が縦横にずれて崩れ落ちた。すでに貴人の剣は、仮面の男の身体を縦横に切り刻んでいたのだ。


 こうして貴人の命を狙った暗殺者たちは、頭目一人を残して皆討たれてしまったのだった。


「はて、これで打ち止めにおじゃるか?」


(ここは引き時!)


 失敗したと見て足早に逃げ去る頭目。しかし貴人は従者から渡された長弓に矢を番え、木々の合間に向ってひいふっと射放つ。


「!!」


 尋常ならざる速度で迫った矢は風のように木々の枝の合間を縫い、常人を遥かに凌駕する速さで逃げ去る頭目の頚椎を正確に射抜き、大木に突き立ててしまったのだった。


「他愛無し」


 あえて討ち取った者たちの仮面を剥ぐ事をしない貴人。暗殺者は基本的に雇われの身の上であり、雇った本人を特定する証拠などあるはずもないからだ。それもこの規模なら直の事である。


 淡雪についてしまった下賎の輩の血を紙で拭ったところで、騒ぎを聞きつけた役人たちが駆けつけてきた。


「は、伯爵様!!カラスーマ伯爵さま!ご無事でしょうか!!」


「苦しゅうない。麻呂が自ら降りかかった火の粉を掃ったまででおじゃる」


「も、申し訳ありませぬ!」


 平謝りする役人に、ふうと一息溜息を漏らして“アマロ・カラスーマ伯爵”は愛刀を鞘に納める。


「さあ、他の獣が嗅ぎつける前に片付けよ」


 自身を狙った暗殺者たちを全て自ら屠りながら、悠々と帰宅の徒につくカラスーマ伯爵。


 まるでブーツを逆さにしたようなエボシなる黒い帽子を被り、緋色の絹布に金糸の刺繍が施されたカリギーヌなる衣服を華麗にまとう。


 眉はあえて抜いた後に黒の化粧を施し、頬にも淡い紅、唇にも女性よりは薄い紅を差すなど、おおよそこの地の王族貴族の常識から大きく外れた奇抜な出で立ちなのだが、首都の警備を任される騎士たる彼でさえ、今は僅かな夕日に浮かぶその姿があまりに神々しく見えていた。


「さて、今宵は名月であったか……」


「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」


 と、伯爵が記憶していた一首を詠んだところで自嘲してしまう。


「残念ながらあの月は、かつての故郷とは異なる月でおじゃるなぁ……」


 アマロ・カラスーマ伯爵は、夜の帳が下りて、日の代わりに浮かぶ二つのいびつな月を眺めて愛馬を悠然と歩ませていたのであった。

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