⑤
――from 3-17
『お願い、茜さん。剣ちゃんを愛してあげて。わたしなんかじゃ剣ちゃんみたいな立派な人を、支えてなんてあげられないから』
『だから、わたしと剣ちゃんの過ごしてきた時を、ぜんぶ茜さんにあげる』
『剣ちゃんを、よろしくお願いします』
言われた瞬間、我を忘れた。
「ふざけないで」
脳が沸騰し、自分の怒りに腕が震える。
「なんでウチが人のおさがりで、剣一に好かれなきゃなんないの!?」
侮辱だ。
「そんなことされなくても剣一はウチに惚れてたわよ!」
許せなかった。ウチと剣一の馴れ初めを、恋敵に踏み躙られることが。
「剣一とは出会いから恋に落ちるまで、すべてが理想的だった。お互いに好意を隠したこともなかった!」
「……だったら!」
「ざくろちゃんの思い出と同化した想いなんて、気持ち悪いって言ってんの!」
少女の目が、驚きに見開かれる。
「どんだけ
相手が少女だろうと関係ない。いま攻撃されてるのはウチのプライドだ。
それもずっと大事育ててきた、自分が一番大切にしてきたもの。
「この髪飾りはね、剣一からのプレゼント。いいでしょ? なんの記念日でもない日に、剣一が買ってくれたの」
「うそっ!?」
「ウチ、買ってもらってすぐに髪型を変えた。剣一、すっごく喜んでた。くちびるムズムズってさせて照れてた。見せてあげたかったなぁ、ざくろちゃんにも」
「うそ、だよ……剣ちゃんが」
「嘘なんてつかない。剣一のことについては、絶対」
ざくろちゃんの顔が不安に歪む。
その変化が、嬉しい。
もちろん恋敵に一矢報いてやったって気持ちもあるけど……ざくろちゃんは嫉妬した。
本当はざくろちゃんだって、剣一をあきらめたくなんてないんだ。でなければウチと剣一のエピソードにあんな顔を見せるはずがない。
「ざくろちゃん、正直になりなよ。それに、どうやったってウチは剣一と一緒になれない」
「なに、言ってるんですか……」
「ウチが好きになった剣一はどこか影があった。当時はわからなかったけど、あれはざくろちゃんのことが忘れられず、ずっと心配していたの」
目の前の小さな存在。
身も心も成熟しているとは言えない、幼い姿。
けれど、この少女になにひとつ勝てないし……勝たない。
仕方ないじゃん。ウチだってざくろちゃんの笑顔に、虜にされた一人だ。惚れた男が決意を持つほどに、執着した少女なんだから。
「ウチ、嫉妬深いの。心の中で誰かを気にかける男なんて、いらない。自分しか見てくれる男じゃないと絶対にイヤ。そして気づいた、剣一の心からざくろちゃんがいなくなる日なんて永遠に来ないって」
「……なんで、ですか」
目の前の少女が、視線を落とす。
「なんで、そんなにも剣ちゃんのことが好きなのに、あきらめようとするんですか?」
「あきらめる? 違うわよ、ウチが見限ってやったの。未練たらたらの女々しい男はイヤってね」
「剣ちゃん、女々しくなんてない。男らしくて、カッコいいもん……」
「当たり前でしょ、剣一はざくろちゃんにそう思ってもらいたくて、頑張ってきたんだから」
「えっ……?」
「剣一はざくろちゃんが好きなの。嫌われたくないから、ずっとカッコいい自分を見せようとして来たんだよ?」
少女の顔に……狼狽。
自身の決意に対する、迷い。
得てして自分の当たり前には気づきにくいものだ。
「認める。ウチはざくろちゃんに勝てない。それなのに、ざくろちゃんが剣一を受け入れないなんて、絶対に許さない」
この二人はずっと辛い思いをしてきた。
本当は二人とも向き合っているのに、結ばれないなんて絶対に許せない。
だから――
「ウチは剣一にフラれた。誰がなんと言おうと事実は変わらない。誰にも
『その決意、確と見届けた』
脳に直接響く、ナニカの声。
手を後頭部に回し、自分の恋を縛り付けていた戒め――髪留めを外す。
それを
いましがた自慢したばかりの思い出の品。だからこそ氷川茜の決意を示す、依代と成り得る。
想いの欠片を指に這わすと、体の一部になったように馴染み、爪の延長上として神経が通る。
体に
「茜さん、もしかして……!」
闇の決意の、覚醒。
目の前にいる、二人の敵。
決意はその二人のために湧き出たモノ。
愛する二人が互いに退け合おうとする、怒りを起点にした歪んだ決意。
「――
剣一の中に棲む、自分自身との
「どうして……」
「ウチも、ざくろちゃんのことが好きだから」
両手の髪飾りは鉤爪、対なる能力者を挫くための依代。
ざくろちゃんの依代は剣一。能力を行使できるのも剣一だけ。剣一への勝率は絶対だが、それ以外の能力者への勝率はゼロ。
少女の決意は剣一にさえ作用すれば、すぐに失われるものでさえあった。
だが、その決意だけは成就させてはならない。少女の決意成就は、氷川茜の決意を鈍らせるものだから。
「ざくろちゃん。もう少しだけ待っていて」
「無理だよ。だって剣ちゃんは……」
「大丈夫。必ずたくはいびんさんが、剣一を家に届けてあげるから――信じて」
少女の体に手を回し、抱きしめる。
薄弱な決意は鉤爪に触れるだけで、溶けるように消えていく。
ざくろちゃんは失いつつある決意の中で、わずかにウチへ手を回し……意識を失った。
雪が、降り始めた。
自分のコートを脱ぎ、ざくろちゃんに被せる。このままだと風邪を引いてしまうかもしれない。
そして、もう一人の決意を抱えた男を見下ろす。
ざくろちゃんを縛り付けてきた、母親はいなくなった。
だから剣一が抱えてきた決意は、もう必要ない。二人が幸せになるために、剣一の決意はきっと足枷にしかならない。であれば、剣一が眠っている間に……
「早く、この場を立ち去れ」
振り返ると、そこには顔を白塗りにした悪魔がいた。
「……悪魔ではない、余は冥王ハデス。
「だから、なんだってのよ」
「そこにいる黒田剣一は現在、能力者ではなく早乙女ざくろの依代として此処に存在する。意識覚醒前の黒田剣一へ攻撃した場合、対能力者ではなく、対依代を破壊する攻撃として扱われる。つまり肉を切り刻み、死に至らしめる」
「なに、言ってんの……? 対依代、対能力者って?」
「貴様には決闘の詳細さえ説明していない。だが話は後だ、今直ぐ場を離れろ。黒田剣一が目を醒ませば、貴様に勝ち目はないぞ!」
***
その後、山を降りたウチは冥王ハデスと契約を結んだ。
黒田剣一を決意を挫く、同志として。
剣一は能力者として秀で、決意成就の可能性が高いことを見込まれ、冥王と契約を結んでいた。
だが闇の決意を成就させることは、世界の意に逆らうこと。
次第に訪れる境遇は過酷なものとなり、世界の在り様を憂い、決意に迷いさえ持ち始めた。いまや強大な能力をもって、現界に災厄を齎しかねない存在になっていると。
ウチの
剣一がいかなる
契約を、断る理由なんてなかった。
それから決闘の経験を積むため街を練り歩き、能力者を見つけてはハデスの助言を受けて勝ちを重ねていった。
そして一ヶ月ほどしたある日。
精神的に追い込まれ、いまにも能力を暴走させかねない状態であると。
ハデスにゴーサインをもらったウチは、剣一の元へ向かう。
ざくろちゃんとの約束を果たすため、そして自身の失恋に決着をつけるため。
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