3-8 ウチの十八番
翌日、昼前に起きたウチはシャワーをさっと浴びて、茹でたパスタにレトルトのカルボナーラをかけて食べた。
ソースを自分で作るほど凝った女になることはとっくの昔に諦めている。だって冷凍食品を一度食べたら、自分で作るのがバカバカしくなるほどに美味しいんだもん。でもそんな食事ばかりしてると肌に良くないと、美容を謳う雑誌やサイトが口をそろえて言う。
でも、いまはまだ大丈夫。時が来たら未来の自分が、今日の不摂生をリカバリーする努力をしてくれるだろう。ビバ、未来の茜ちゃん!
脳内ではざくろちゃんが「十八歳はもうババアだよ」なんて呟いていたが、鼻息で吹き飛ばしておいた。
食事が終わったら、案の定ヒマになった。
ここ最近ずっとこの調子だ。世間の受験生と違い、ウチは推薦が決まっている。
だからといって他の推薦組と暇を潰すような関係は作って来なかったし、サンマも特にやらなきゃいけないイベントもない。鼻息を吸い戻してざくろちゃんの姿を思い浮かべたが、恋敵と二日連続で遊んでどうするんだ。さすがにウチにもプライドってモンがある。
この気持ちにいつか見切りをつけなきゃいけないのはわかってる。それにウチら三年はもう卒業式まで学校に行くことはない、もう剣一と会う名目はなにもない。昨日会ったのがなんだかんだ最後になる可能性だってあるんだ。それを考えると視界が滲みそうになる。
……ああ、よくない。昼間っからなにブルーになってんだろ。
用はないけど街に出よう、出たら少しは気が晴れるかも。
ベージュのトレンチコートを羽織り、タータンチェックのストールを纏う。それから髪を後ろに束ね、エメラルドグリーンのバンスクリップを留める。
誰になんと言われようとウチはそのクリップをつけるのをやめない。それに気付いたら髪飾りをベースに服を選びをしてるんだから、それがないと歯抜けもいいとこだ。ウチは鏡の前で自分の姿を見直し、ひとつ笑顔を作ってから家を出た。
だいぶ冷え込みは激しいが、雲一つない快晴だ。
自分は寒がりだけどちょっと中に着すぎてきたかもしれない、汗をかかなきゃいいけど。
なんとなく書店に入る。小説のコーナーに入ったけど、普段から読まなければ知ってる作者もいない。五分も経たずにマンガのコーナーに入る。
いつからか新巻を追わなくなったマンガが気づいたらニ十巻にまで到達していた。ラブコメと戦争を足して二で割ったような話だ、確か十五巻くらいまで買った気がするが表紙を見ても思い出せない。
「内容ご確認の際は店員に申しつけください」と張り紙はあったけど、そこまでしたいと思えず棚に戻してその場を立ち去る。その後も自分の興味を湧くマンガに期待して、だらだらと見回ったけど結局なにも買わずに店を出た。むなしい。
ふと目に入るカラオケボックスの看板、最後にカラオケなんてしたのいつだろう。高二の文化祭打ち上げで一度混ざったきりだから一年以上前かな。さんざ男子に言われてマイクを握ったけど、あんまり反応が良くなかったから音痴だったのだろう。
なんとなく悔しいからヒトカラでもして練習しようかな、大学に入ったらサークルとかでまた呼ばれる機会があるかもしれないし。そういった場ではお酒を断りにくいなんて話しも結構聞く。そんなことになったらウチも酔わされて、先輩とかに連れて行かれそうになるんだろうか。ウチにそんな危険が迫った時、もしかして助けに……あ~バカなこと考えた。
カラオケはやめだ、大学に行ってもサークルなんて入らない。賑やかな看板を後にする。
人通りの少ない平日の街。陽が落ちるまでたくさん時間があるけど、陽が落ちても退屈なのは変わらない。
……大学に入ってもウチは変わらないのだろうか。
昔の気持ちを引き摺って、新しい場でも友人を作ることを拒んで。
未来への希望もなく、いろんな可能性を閉じて。
ウチって、なんのために生きてるんだろうか。
推薦で大学を選んだことにも強い意志もない、それが普通だから選んだだけ。人の目を気にしなくなったウチは、もう意識して普通を選ぶ必要なんてないのに。
人として魅力、ないんだろうな。ウチはざくろちゃんに目を輝かせてもらえる、キラキラしたジェイケーなんかじゃない。剣一の言葉を、繋いだ手だけを思い出して、自分を慰めるだけ。
「……まさか、外に来てもダメだったなんてね」
立ち止まり、涙が溢れそうになる。
ウチ、なんも悪いことしてないよね?
ざくろちゃんと息の合った夫婦漫才ですら、いまは胸を掻き毟る。あの時は微笑ましいとさえ思ったのに。
ウチ、二人のこと好きなはずなのに。どうしてこんな気持ちになるんだろ。
「はあっ……」
震える喉、滲む視界。
こんな時に限って赤信号、道路向かいの人に気付かれないよう顔を俯ける。
もう、帰ろう。いっぱい寝れば元気になるって言うし。
青信号になり、歩き出す。
顔を上げ、すれ違う金髪の女性、とても強い香水の匂い。
――その横顔に、既視感。
振り向くとヒールを履いたレーススカートの女性。お尻を大きく突き出して、これから水商売にでも行くような格好だ。
化粧をしていたけど、間違いない。
あっちはウチに興味がなくても、こっちはトラウマになったんだ。大声で怒鳴られたことなんて、初めてだったんだから。
……そのまま踵を返し、元来た道に戻る。
ロクなことがないぞ。
胸の内にいる自分が話しかける。
わかってるよ、そんなこと。
これ以上、あの二人に関わってウチが得することなんて、なにもない。
でも、別にいいじゃない。
これは単なる知的好奇心。
いま一番気になってる物語の最新巻。
オチがどんなにヒドくても、気になる物くらい最後まで追いたいじゃない。
なによりウチは、ヒマだった。
そうして歩くこと数十分、その女性は駅前に止めてある黒塗りの高級車に向かって手を振った。
なんだ、男か。
予想通りというか、なんというか。
運転席の男はやや年配。わざわざ車から降りて、助手席を開ける姿はクサイのなんの……って、あれ?
あの男の人……知ってる。
記憶を辿って答えを見つけるも、その二つは繋がらない。
ウチの知ってる人間関係図は、そことそこを矢印で繋げない。その二人は無関係で、知り合いのはずがないのだ。
もちろんウチの知らない人間関係だってあるはず、すべてを把握しているはずがない。でも胸から湧いて来るこの違和感はなんだろう?
違う、違和感とかじゃない。
その二人が一緒にいることは、とてつもなくイヤなことが起きる……その前兆のように感じられるのだ。
颯爽と去っていく高級車。
二人をこのまま見過ごしてしまって、いいんだろうか?
よくない――!
手を上げて近くのタクシーに乗り込む。
そしてドラマに出てくる刑事みたいなことを、口走っていた。
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