3-7 未練たらしくてやんなっちゃう

 目に飛び込んでくる、部屋の灯り。

 頬には涙の跡。ウチは性懲りもなく、またあの日の夢を見たらしい。


 スパリゾート帰りのバスで二人と別れ、家に着いたあと自室のベッドで眠りこけてしまったようだ。

 現在は時刻は日付が少し回った頃。

 サンマ中毒者であるウチは起き上がるより先に、サンマへのログインをする。フレンド”あゆかさま”の最終ログイン時間は6時間前、バスで帰る時に触ったっきりってことだろう。

 スタミナ消化よりあゆかさまのログイン確認。

 すっかり自分のストーキング癖には、恥も罪悪感も湧かなくなった。だって剣一に未練たらたらだもん、悪いかコノヤロウ。

 ……絶縁するって言い出せない、剣一もウチも悪い。

 そして言われないことに甘えて、中途半端に剣一を引き摺るようなことを言うウチも十分に悪い。でもざくろちゃんを愛さないなんて言い出した剣一は、もう百万回死んでも足りないほど悪い。

 ウチは歪んでいる。そんなことは重々承知だ。でも剣一の気を惹こうとすることは、癖みたいなものになってしまった。

 剣一に気にかけてもらえないと、自分で自分を保てない。自分に価値を見出せない。自分はそんな弱い人間。そしてその弱さを自覚しながらも、ぬるま湯に浸かり続けようとする、どうしようもない女なんだ。

 どうにかできるならしたい。

 でも、しょうがないでしょ?

 なぜか剣一とは三年通して同じクラスで、隣の席なんだもん……ずっと気まずくなんて、いられないし……

 先日、聞いた剣一の決意。

 どうやら知らない間に剣一は、能力とか闇の決意なんて訳のわからないことものに巻き込まれているらしい。あいつの生活は既に大荒れだってのに、トラブルに巻き込まれる人は、本当によく巻き込まれるものなのかな、なんて思う。

 でも、その決意にウチは剣一との将来をいてしまった。

 剣一の言う、ざくろちゃんが掴む本当の幸せを手にする時まで、ウチは剣一を待ち続ける――自分で言っててもバカなんじゃないかと思う。

 剣一のことは好きだけど、あいつにウチの時間をそこまで費やす価値なんて、きっとない。これまでの三年間だって意味のないことをし続けている。一緒にいる時間を増やすため、恋敵に塩まで送っている。

 でも、どうしても忘れられないんだ。

 あのデートの帰り、まだ帰りたくないなんてらしくないことを言った時。

 剣一が手を引いて遠回りをしてくれた時の気持ちが、いまも忘れられない。

 ウチは未だにあの日の夕暮れの道を、剣一と二人ぐるぐる回り続けているんだ。

 ……ホンット、乙女かよ。

 ウチはもうピュアな少女には戻れない。でも――

「っはぁ、ダメだぁ。やっぱ剣一のこと、好きだなぁ……」

 いまも胸の痛みは現役だ、涙も枯らしたことはない。

 どうしてこんなこと非効率バカなこと、あっさり割り切ることができないんだろ……


 ざくろちゃんと初めて会った翌日、剣一にはすべてを教えてもらった。

 剣一は婚約を結び、結納金――身代金のようなものだ――を稼ぐために仕事を始めたことを聞いた。

 必要額は七百万円、正気の沙汰じゃない。どう考えても不可能だ。でも剣一は怪しい仕事を始め、稼ぎ的には二年で間に合わせることができるらしい。

 だから学校は辞める、今日みたいなことは何度も起こる。少しでも早くざくろを解放するために、学校になんて通ってられない。

 言うことはもっともだった、でもウチは引き止めた。

 完全に自分の都合だった。だってここで剣一と会えなくなったら、もう二度と剣一と会う口実が作れない。だから口からは「高校は卒業しないと、結婚した後に働き先がない」「お母さんだって心配するでしょ」なんてそれっぽい言葉が出てくる。

「でも、どうせ学校にはほとんど来れない」

 そう言われた時、自分が二年生になってやることは決まった。

「大丈夫、ウチがなんとかしてみせるから――」

 そうして次の年、風紀委員長になった。

 新しい風紀委員長は校内の男子と付き合ってるらしい、そんな人で大丈夫か? なんて言われたりもしたが、優等生で通せた自分の立場を効かせ、周りを押さえつけた。

 風紀委員の特性上、生徒会や先生方と話す機会も多い。だから便宜べんぎは図りやすかった、もちろん剣一を退学や留年にさせないため。

 度々、登校するように働きかける名目で、剣一の家に何度も乗り込んだ。当然、剣一は仕事に出てるので会えるはずはない。だからその時間は、ウチがざくろちゃんと交流する時間になった。

 それと、剣一不在を狙ってざくろちゃんを連れ戻そうとする、母親の抑止力になることだ。

 あの日は情けないことになってしまったが、次はそうならない。……初めてスタンガンなんか買ってしまった。

 ざくろちゃんは恋敵こいがたき。でも不思議と彼女を恨めしく思ったことはない。

 それは彼女が持つ生来の無邪気さもあるだろう。でもあの母親に一言も言い返せなかったことが一番の原因だと思ってる。

 ウチがざくろちゃんと同じ立場だったら、きっと同じように母親に従うことしかできなかった。そんなウチがざくろちゃんに嫉妬心を燃やし、イヤガラセなんてできっこない。

 そんなことをしたらウチはあの母親と同列の存在だ。剣一に罵声を浴びせられる側の人間になる。そんなの死んでもイヤだった。

 ……そうやってウチは大人なフリをして、失恋相手の彼女にも優しく手を差し伸べる。

 そんな聖女のフリをし、どこかでチャンスがないか窺う未練に溢れた醜い女。それが氷川茜だった。


「ウチ、性格悪いなー。いまさらだけど」

 そもそも優等生の仮面を被って、悦に入ってる女がイイ性格なわけない。

 それくらいは自覚してる。でもここまで擦れた女に改造されたのは、誰かさんの影響としか考えられない。

「ウチのこと、狂わせやがって」

 先日、つけられた首の傷に指を触れる。もう痛みはほとんどない、でもまだ人前でマフラーを外すのはちょっと抵抗がある。

 この傷を過去として人に話す時、ウチと剣一の関係はどうなっているのか……その答えは、まだ見えそうにない。

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