茜視点

3-5(幕間③) 茜、ざくろとの出会い


「俺、ざくろと結婚することになった」

「学校は今年で退学することになると思う」

「茜にだけは、それを伝えようと思った」


 そんなこと告げられても、納得なんてできるはずがない。

 だって剣一、まだ十六歳だよ? 高校に入ったばかりだよ?

 それなのに結婚とか、退学とか、仕事を始めるとか……冗談もいい加減にしてよ。

 ウチにだけ伝える、ってそんなこと言われて喜ぶと思ってるの?

 なんで、そんなひどいことばかり言うの。

 どうして剣一までウチから離れていこうとするの……


 剣一はどれだけ詰め寄っても、結婚の理由やざくろについて詳しく話してくれなかった。

 覇気のない仏頂面だけを浮かべ、謝り続けるだけ。

 ウチはその顔に平手だけ返し、感情の丈をブチまけてその場から逃げ出した。

 逃げ出すしか、なかった。

 だって見ていたくない。

 今ここにいる剣一は、そのざくろしか目に入っていない。

 ウチが目の前にいるのに、ウチを見てくれていない。

 そもそも、ざくろについて教えてくれなかったのだって、その女を庇うためなんだ。

 ウチ、そんなことしてもらったことない。

 女の子扱いだってロクしてもらったことないのに、ざくろはしてもらえるんだ。

 それが悔しくて悔しくて仕方なかった。


 ――そう考えていたら感情の矛先が変わっていた。

 剣一に結婚するとまで言わしめたざくろの存在だ。

 ウチなんか比較にならないくらいの美人なのか、男を嬉しくさせるトークができるのか。それにもしかすると、剣一は騙されてるのかもしれない。

 そうだ、剣一はきっと騙されてる。

 ウチがその目を覚まさせてやらなくてどうするんだ。

 どっちにしたって、ウチには知る権利だってあるハズだ。

 それにやっぱり納得なんて、できっこない。

 あれだけウチの心を引っ張っといて、なにもなくサヨナラなんて絶対に許さない。

 ざくろに直接会って、どんな人物か確かめてやる。


 翌日から剣一は学校に来なくなった。

 担任は家庭の事情で長期休暇とか言ってるが、ウソに決まっている。

 けれど、ウチがしなければならないことは、ざくろという人物を探ることだ。

 剣一が騙されているのであれば、剣一に取り合っても会わせてくれるはずがない。だから剣一に頼らず、直接ざくろに会う必要がある。

 まず、クラスメートや風紀委員のメンバーに、ざくろという名前の知り合いがいないか探ってみた。

 ざくろって名前は結構珍しい、同じ中学であれば憶えてる人はいるだろう。

 だが県内の中学にざくろという名前の生徒に思い当たる人は誰もいなかった。

 ということは、同年代ではないのかもしれない。

 結婚なんて取りつけるくらいだ、相手は結構年上? もしかするとキャバクラとかに勤めてる人が使う、源氏名みたいなものかもしれない。

 そうなると俄然、ざくろという名前だけで当人を探し出すのは難しくなる。

 片っ端からキャバクラに電話をして、ざくろという名前を確認する方法も考えたが、わかったとしてどうする? お金を払って現地に行くの? 会ったとしてなにか変わるの? そもそもそれが本当に剣一の婚約者である保証は?

 いろいろ考えたけど、剣一経由でざくろに会うのが一番てっとり早そうだ。だけど剣一に直接取り次いでもらえるわけがない。

 ……だったら剣一を尾行し、ざくろと直接会うところを押さえる。


 あの日から剣一とは連絡を取っていなかった。

 サンマにもログインしてないことから、本当に仕事を始めて忙しくしているのかもしれない。

 ……どんどんと、剣一が違う世界に行ってしまう。

 ざくろに騙されて、洗脳されて、貢がされるダサい男になってしまう。

 ウチがその目を覚まさせないと。


 ――ほら、ウチの言った通りでしょ。

 そんなキレーな人が剣一になびくワケないんだから。

 剣一が子供だから上手いように使われてたのよ。

 うん、いいの。わかってる。

 剣一、騙されて辛かったね。

 大丈夫、ウチは剣一の隣にちゃんといてあげるから。

 ウチは剣一を騙したりしないから――


 いまさらだけど剣一の住所は知らない。でも尾行をしようとしてるタイミングで、本人に聞くわけにも行かない。

 だから荒業を使う。剣一の机に残った教科書とノートを纏め、届けに行くから住所を教えてくれと担任に頼み込んだ。

 担任は視線を逸らしながら個人情報が云々うんぬんとはぐらかすあたり、普通の事情ではないことは察しているのだろう。だから一発カマしてやった。

「ウチ、剣一の彼女です。先生だって剣一がバカなことしようとしてるの知ってるんでしょ? だったらアイツを止めに行くのはウチの役目です。だからお願いします、剣一の住所を教えてください」

 担任は話題の共有先ができたことで肩の荷が下りたのか、するすると剣一が退学しようとしてることを話し始め、あっさりと住所をゲットしてしまった。ちょろいぜ。

 その日の放課後、さっそく剣一の家へ襲撃。

 ターゲットはアパートの二〇一号室。

 剣一からは母様かあさまがお婆さんの介護で、ほとんど家に帰って来ないことを聞いていたので、ほとんど一人暮らし状態と聞いていた。

 だけど二〇一号室には灯りがついていた。

 まだ十六時だ、仕事が終わるには早すぎる。

 今日は、もしかすると仕事休み? 家には剣一だけ? たまたまお母さんが帰ってきてる?

 ……ううん、違う。

 いるんだ、ざくろが。

 同棲していて剣一の帰りを待っているのか、それとも二人が一緒にいるのか。

 どちらにしても、ざくろはきっとここにいる。

 ウチは意を決して、階段を上り、汗ばむ手のひらをスカートで拭き、震える手を抑え――チャイムを鳴らした。

「あ、あー、宅配便でぇぇす……」

 出来る限り声のトーンを低くし、誰でも扉を開ける魔法の言葉を口にする。

 するとドアが少しだけ開き……前髪のとても長い、大人しそうな少女が出てきた。

「わ、女の人がたくはいびんさんだ」

 誰?

 剣一、まさか幼女監禁!?

 そんなことを考えていると、目の前の幼女は、上目遣いにこう言った。

「たくはいびんさんは、もしかしてジェイケーですか……?」

「え、えと、はい」

「すごーーーい! 本物だぁ!!」

 幼女は突然狂ったように叫び、ウチのほうに近づき鼻を寄せ始めた。

「すごーーーい! ジェイケーの制服って本当にいい匂いするぅ!」

 なんかエロオヤジみたいなことも言いだした、どこ知識だ。

「もしかして、たくはいびんさんは剣ちゃんと同じ学校のお友達ですか!?」

 ぷっ、剣ちゃんだって。

 にしても、このコは本当に誰だろう。

 妹? 剣一に妹がいるなんて聞いたことないけど……

「えっと、まあ友達みたいなものです」

「そうなんだぁ! それで、今日はなにがお届け物ですか!」

 そっか、ウチは宅配便だった。

 とりあえず玄関を開けさせることまでしか考えてなかった。

「剣一……くんが、学校に忘れた教科書を持ってきました」

「そうですかぁ、おつかれさまです。狭いところですが、お茶があります、入ってください」

「え、ちょっと……」

 妹さんに背中を押され、ウチは初の黒田家訪問をすることになってしまった。

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