3章 欲望と迷惑、巻いて巻かれて巻き込まれ
3-1 三枚、それは絶妙な数字
「っしゃあ~!」
「しゃー!」
俺の喜びに共鳴し、ざくろが叫ぶ。
どちらからともなく、ハイタッチ。
「……急になんなのよ」
ぼろいバス停の待合室で、引きつった顔を見せる茜。
構うもんか。いくら引かれようが、これが喜ばずにはいられない!
「来週、給料の支払いが決まったー!」
「ホント? お給料日!? ハッピーだね!」
ざくろは場の雰囲気だけで喜ぶが、隣にいる茜は意味を正確に理解し、相好を崩す。
「……よかったじゃん、これで学校復帰?」
「もう自由登校期間に入るけどな」
「ずるっ! 結局行かないってことじゃん」
「一応、学校の就職相談くらいは行くさ。いまの仕事、辞めるしな」
「そか」
バスを降りるなり、社長から入った一本の電話。
年末に下見をしたホテルの解体作業が終了し、俺への支払い用意ができたとの連絡だった。
一時は支払いどころか、ホテルの解体中止も検討されていた。
先日、報道された殺人事件の真相解明。解体予定のホテルはその現場だ、普通であれば殺人現場の再捜査が行われる。
あわや解体中止になったら作業はすべてパーになる。
俺はだいぶ気を揉んだが、最終的に警察の立ち入りは行われないことになった。どうやら警察は元々アリサの彼を、犯人と決めてかかったわけではないらしい。
施設の特性上、ホテルは不特定多数が出入りする場所だ。チェックアウト後に清掃作業があるとはいえ、指紋一つ残さない清掃なんて不可能だ。事件現場からは複数人の証拠が押収されており、アリサの痕跡が多数見つかっていたことと、遺言状の内容にて事件は完結。犯人死亡で片づけられることとなった。
解体工事は正月休み明けの早々に始まり、一月頭には終了する見込みで動いていた。
「これで俺の社畜生活も終わりか……一時はどうなるかと思ったけど」
「剣ちゃん、お疲れ様! でも終わり良ければ、すべて良しだよ」
「なんだざくろ。そんな言葉知ってんのか」
「む、剣ちゃん。いまわたしをバカにしたでしょ?」
「バカにしたことまでわかるのか?」
「わからいでかっ!」
「痛い、痛い、こらまだ脇腹はやめとけ!」
ざくろのへなちょこパンチでも、まだ傷に響く。先日まで肋骨は折れてたんだから。
「あ、ごめん……痛かった?」
「いや大丈夫、言ってみただけだ」
医者に二ヶ月はコルセットが外れないと聞いていたが、骨折は驚くべき早さで治った。一週間で走れるまでに回復したのは、自分でも少し引いた。
心当たりはあり過ぎるのでハデスに聞いてみたら「急に
「それでもわたし、反省します。剣ちゃん、わたしの頬に一発くれてやれ」
「くれねーよ、冗談でも殴るか」
「ふふ~剣ちゃん、やっさし~」
腕に抱き着いて来る、ざくろ。
「ちょっとぉ? ざくろちゃん、ウチがいること忘れてんじゃないでしょうね?」
茜がジト目でイチャつく俺たちにヤジを飛ばす。
「お、おい……ざくろ離れろ」
「そっか、剣ちゃんだけひいきしちゃダメだよね。茜さんもぎゅー!」
ざくろは茜の腕も取って、俺と茜の間に挟まる。
「ほーら、こうすればみんな仲良しっ」
ざくろはそう言ってご満悦だが……俺と茜は苦笑い。
「剣一ぃ、これすごい状況ねえ?」
「……はは」
全身の穴という穴から水分が噴き出す。
ざくろの自発的行動とは言え、俺は後ろめたさに苦笑いを隠せない。
「今日はざくろちゃんが誘ってくれたから来たものの、本当は剣一の発案だったりしないわよねえ? カワイイ女の子二人を
「しません、そんな恐ろしいことしませんとも」
そうやって川の字……じゃなくて、三人並んで歩きだす迷惑な若者たち。
いま俺たちが来ているのは高地に位置するスパリゾート。俺が退院する際、同室のお婆さんから「孫と行く予定だったけど、退院するまでには行けそうにないから」ということで頂いたチケット。
その数、三枚。
本来だったら俺とざくろだけで行けばいいのだが、ざくろがもったいないオバケを召喚。俺のスマホで茜に電話をし、約束を取り付けてしまった。
茜はおそらく電話口で断わっていたが、ざくろの「わたしのこと嫌いになった……?」なんてエグい質問にドモり、誘導尋問のような形で最後は
「まったく、ウチはなにしてんだろーね」
「いや、なんか……悪い」
「ほんとに悪いと思ってんの!? ま、卒業式までヒマだったからいいけどさ」
「あれだ、テスト勉強見てくれたお礼ということで、どうかここは一つ」
「婚約してるカップルと一緒なんて、罰ゲームでしょ!」
……ごもっとも。
結局、茜にはテスト勉強を手伝ってもらい、学期末テストの赤点は回避することができた。
わざわざ病院まで来てくれての個別指導。感謝してないわけがない、本当に。
同時に、俺は闇の決意と、決闘の運命を説明した。
納得いったような、いかないような微妙な表情で終始説明を聞いていたが、茜に信じないという選択はない。なぜならアリサとの出会いが、自身の首に着いた痕が、なによりもそれを証明しているのだから。
そして茜は俺の決意を聞いた上で「コウイだけは受け取って欲しい」と、今後も俺たちと変わらぬ関係を望んだ。
もう、俺は茜を強く拒絶できない。
俺がざくろにしていること自体が、コウイの押し付けである以上は。
「はは~二人とも相変わらず仲いいねえ」
ざくろは無邪気に自分の旦那と茜の繋がりを喜ぶ。もしかすると婚約者の余裕の表れ……それはないか。
茜はそんなざくろに、困ったような笑みを向ける。
いろいろと思うところはあるけれど、ざくろは本当に”いま”を楽しんでくれている。
そんな笑顔を向けられたら、誰だってつられて笑顔になる。無邪気で天真爛漫で、周りを元気にさせてくれる俺の婚約者。
そんなざくろだからこそ――俺は最後まで見届けてやれる。
ざくろの結納金、第一段階はクリアだ。
今日くらいは細かいことを忘れて楽しもう。それくらいならきっとバチが当たったりはしないはずだ。
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