2-16 既視感

「ざくろちゃんは剣一君とお付き合いをしている子なんだって。茜ちゃんは知っている?」

 優しそうな声だが、どこか有無を言わせない圧がある。

「知って、ますけど……」

 ためらいがちに、答える茜。

「そう。ふふ、ふふふふふふ」

 なんだ、この状況は。

 なぜ、アリサは茜にざくろのことなんか聞いている。

 なぜ、アリサは茜に向かって笑いかけている?

「……茜、こっちに来い」

「まだ話は終わっていないわ」

 アリサが茜の肩を抱き、俺の言葉を塗りつぶす。

「ねえ、茜ちゃん。剣一君とどういう関係なの?」

「あ、あなたには関係ないです」

「関係なくないわ。あなただって私たちの関係を聞いたでしょう?」

 場が支配されていた。

 俺たちに抵抗させないなにかがあって、俺たちには為す術なく従うしかない。

「同じ学校の、友達です」

「ふふふふ」

 嗤い声だけが響く、廃ホテルの一室。

「友達かあ」

 どこか遠いところを眺めるような表情。

 その横顔は先ほど天井を一人眺める、遠い将来を見つめるような表情と、似てるようでまるで似つかない表情。

「じゃあ、今度は剣一君に質問ね」

 肩を抱く茜を引き寄せ、アリサがこちらを向く。

「茜ちゃんのこと、愛してる?」

 は――

「剣一君、茜ちゃんにウソをつかないのよね。二人ともさっきからとっても恥ずかしいこと言ってるのに、肝心なところは避けてばっかり。だからここはお姉さんが老婆心を見せなきゃいけないかなって」

 一人で云って、一人で嗤う。

「答えて。といっても愛してるじゃ恥ずかしいわよね。じゃあこうしましょう、答えは”好き”か”そうじゃない”の二択。これなら簡単でしょう?」

 茜は怯えた表情を見せつつも、俺の言葉を待っていた。

「もちろん友達として好きかなんて聞いてない、茜ちゃんを一人の女性として好きかどうか聞いてるの」

 アリサは親指で茜の顎を上げ、輪郭をなぞりながら試すようなことを口にする。

 指は蛇の舌のように動き、捕らえた獲物を味見するかのように首元を往復する。捕らわれた茜は相手を刺激させまいと、黙って首の皮を這う蛇行を耐え忍ぶ。

 そして俺は蛇に睨まれたように、それをやめさせることも、言葉を紡ぎ出すこともできなかった。

 俺が茜のことを好きかどうか、だって……?

 なぜ、いまその答えが必要なんだ? 俺にとっても茜にとっても、必要としてはいけないものなのに。

 じゃあ、必要としているのは……誰だ?

「私ね、この子がざくろちゃんだと信じて疑わなかった。だってあなたたちの話はとてもソウルフルで、互いへの愛に満ち満ちているんだもの」

 なにも言い返さない、言い返せない。

「でも、剣一君はこの子を茜って呼んだ。……じゃあ、ざくろちゃんってなに?」

 有無を言わせない、凛とした声。

「ざくろちゃんは茜ちゃんがここにいることを知っているのかしら? ざくろちゃんがあなたたちの話を聞いていたらどう思うかしら?」

 執拗にざくろの話を聞いてきた、アリサ。

 ざくろのことを口にする俺の姿に満足し、少女のように目を輝かせていたアリサ。

 彼女が俺に求めていたのは――なんだったのか。

「ふふふふ、本当に、本当にあの人と全部同じなのねえ……!」

 俺の方を見ているようで、見ていないその視線。

「はい、タイムオーバー。罰ゲームです」

「――ぅっ!」

 捕らわれていた茜の首に、アリサの親指が一閃。その爪には真紅に染まった、血のマニキュア。

「茜ッ!?」

「動かないで」

 細められた視線の奥に覗くのは、深淵なる闇。

「剣一君が動くと、傷口と喉の奥を繋げてしまうかもしれないわ?」

「がっ、ぁぁ……」

 一筋入った赤い傷跡を押し込むように、アリサの爪が茜の喉元にあてがわれる。茜は呼吸を止める指圧と、首の肉をえぐられる凄絶な痛みに、呻き声を上げることしか出来ない。


 ――闇の能力は現界のモノではなく、現実に影響を及ぼせない。能力とは依代の放つ必殺である異能の力。分断ディバイドや、矛盾一体アエギス・バレットのことだ。

 だが強化されたといえ能力者の本体は、現実に存在するモノ。決闘を行う場が現実である以上、能力者自体が現実あかねに影響を与えることは造作もない。

 決闘の本能は人目を避けるという。だがハデスは言った。

『道徳すら失った能力者は繁華街においてさえ決闘を開始する。本能的に人目を避けるよう創られているが、そこに強制する力はない』と。

 いまや目の前のアリサは、道徳の及ばない闇に魅入られた能力者だった。


「けんい、ぁぁぁっ……!」

 首元に創られた痕に、アリサは力を込めて爪を往復させる。

「やめろ! 茜は関係ない!!」

「関係ない? そんなのウソだわ、じゃあなぜ私は一人でここに住んでいるの?」

「なに、言ってるんだ!?」

「ここに揃ったメンバーはねェ、数年前に起きた事件のメンバーと、一緒なの」

「事件? 一緒……? なにを言ってるんですか!」

「知らないわけないわよね、ここであった殺人事件の話」

 考えなかったわけがない。

 最初からその可能性も考えてはいた。アリサが事件の関係者かもしれないなんて、考えないわけがない。

 でもあの事件で殺されたのは女性で、男性が行方不明と言う概要で伝えられている。だからアリサが関係者であることを考えるのは難しい。だからその可能性を排除した。

「あの事件で行方不明になった男もね、死んだの。……ううん、正確には死んでない、か」

「さっきから一体なんの話をしてるんですか!?」

「いいから黙って聞きなさい!」

 一喝、そして手持ち無沙汰に爪を押し込み、茜の絶叫にすすら笑いをあげる。

「私はね、その男のオモチャだったの」

 目の前に立つ蛇のような女は、狂った笑みを浮かべながら、饒舌に過去を語り始める――

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