2-12 距離感

 今日は初日ということもあり、予定通り十九時の解散となった。

 俺はアリサと停戦協定(?)の話をしていたこともあり、調査はあまり進まなかった。明日の進捗次第では徹夜作業もやむを得ない。

 武田は一日中エレベーターでの作業に徹底したが、勝手がわからず明日にも終わるかどうか怪しいらしい。お互い進捗としては微妙というところ。

 それでも寒い中で無理をして、体調を崩したくなかったので残業はなし。

 俺の生活はほとんどが仕事だが、仕事が好きなわけじゃない。給料で働いているので楽していいならそっちに流れる。武田は言わずもがな。

 会社も仕事もグレーだが、姿勢そのものはブラックじゃない。社長は「期限に間に合えばどうでもいい」ということなので、サボることもできるが、反対に終わるまで帰れないこともある。一長一短。

 ということでいまは帰り道。

 武田に車で送ると言われたがもちろん断った。

 あいつは守銭奴しゅせんど、多分タクシーの方が安く済む。


 行きとは違い、街灯のない道はおそろしく暗い。

 高速道路の防音壁ぼうおんへきから響くエンジン音をBGMに、ポケットに手を突っ込んで影に覆われた道を歩く。

 目に映る光源は空にまたたくオリオン座と、遠くの住宅地から零れる灯り。ときおり寒さで感覚の無くなった耳たぶを揉み、たまに吹く北風に奥歯を食いしばる。

 すれ違う人は、いない。

 もしかしたら作業中に人類は滅んだのかもしれない。壁から聞こえるエンジン音も、断続的ではあるがそこに人間味は感じない。

 ホテルを出てから、どのくらい歩いただろう。二十分? 三十分?

 この道は、どこまで続くのか。

 自分の選んだ道は、どこで終わるのか。

 アリサとした話を、ふと思い出す。

 彼女は決闘に負ける、決意を手放すと言った。ここにいるのはただ未練がましいだけだと。

 どのくらい住んでいたのかはわからない。失ってもいいと思ったきっかけもわからない。

 でも、なぜか親近感を覚えてしまった。

 自分の決意をあきらめたような、受け入れたような、あの表情に。

 そして、こうも思うのだ。

 遠い未来、俺はあんな表情をしながら、ざくろが巣立っていくのを見守るのだろうって。

 ……と、ネクラな考えに割り込むように、スマホが振動。

 連絡先を見て、苦笑い。

 いかにもそんな考え方を許さないだろうヤツからだ。

「どうも、こんばんわ。かわいいあかねちゃん」

 昨日の照れ臭さが、一言目をふざけさせる。

 が、返事がない。

 ただのしかばね……ではなく、通話が切られていた。

 仕方ないので、折り返す。

「お前、自分からかけといてワン切りってどうなんだよ」

「あんたがキモイこと言うからでしょ」

「なんだと、あかねちゃんはキモイのか?」

「キモくないわよ、ドチャカワに決まってるでしょ」

 電話元で鼻息荒く、胸を張る姿が想像できる。

 自然と肩の力が抜ける。

 気づけば暗い道は終わり、街灯の多い住宅地に差し掛かっていた。

「で、どうしたんだよ。急に電話なんて」

「別に。都合悪かった?」

「いや全然」

「なら、いいじゃない」

「いいけど」

 それだけ言うと、茜はなぜか黙り込む。

 ……なんだ、この間は。

 一呼吸置いて、茜が口を開く。

「ちょっと、かけ直す」

 それだけ言って、切られる電話。再び着信。

「おいおい、さっきから一体なんなんだ」

「だって、剣一が折り返すなんて思わなかったんだもん」

「急に切られたら、折り返すだろ」

「そうじゃなくて! 剣一から発信したら、お金かかっちゃうじゃんか」

 お金って……そうか電話は発信したほうに通話料がかかるのか。

 茜はさすがにバイトもしてないから、親払いだろうけど俺は……

「じゃアプリ通話で、かければいいじゃん」

「そう、だけどさ」

 なにやら茜のテンションが不安定だ。

「アプリ通話で、かけ直すか?」

「やだ」

「やだって、お前な。そしたらお前のほうにお金が」

「剣一から電話、切っちゃやだ」

 ……疼いた胸のモヤモヤを、深呼吸で吐き出す。

「なんか、あったか?」

「ううん、なにもない」

 言って、また黙り込む。

 脳裏には唇を尖らせ、そっぽを向く茜の姿が浮かぶ。


 電話。連絡手段であり、コミュニケーションツール。

 学校以外での茜との繋がりは、せいぜいサンマのフレンド挨拶欄か、メッセージくらいだ。

 そんな茜からことで電話がかかってくるのなんて……どのくらいぶりだろう。

 だからこそ、茜が電話をしてきたことがは真実であり、ウソだった。

「気遣ってくれて、ありがとな」

「え?」

「お金のこと気にしてくれてさ」

「気にするに決まってんじゃん。ウチ、剣一の迷惑にはなりたくないし」

 寒さのせいか、鼻がつんとする。

「あまり余計なこと、気にしなくていいんだぞ」

「余計なんかじゃない。親しき中にも礼儀ありっていうし」

「じゃあ、ワン切りするな」

「いきなり剣一がキモイこと言うからびっくりしたんじゃない。ほら、ゴキブリ苦手じゃなくても、いきなり出たらびびるでしょ?」

「よりにもよってゴキブリに例えんな!」

 なんてヤツだ。少しはいいヤツかと思ったのに、一転してゴキブリ扱いとは。

「ふふ」

「なに、笑ってんだよ」

「ううん、なんでもなーい」

 今度は機嫌が良くなった。

 どうやら俺は、間違えなかったらしい。

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