幕間② そして剣一はいなくなる

 その後、学校の休み時間中はずっと剣一と話すようになった。

 次第に優等生を演じるのがバカバカしくなってきたのだ。なにが悲しくて剣一と他人行儀を取りつつ、興味のないクラスメートとテレビの話をしなければいけないのか。

 もちろんその変化に「最近、黒田くんとイイ感じじゃない?」とクラスメートにからかわれたが「いい友達で、仲良くしてもらってる」なんて返すと、あまり触れて来なくなった。

 剣一の前では自由だった。

 これまでは本当の自分を出すのが怖くて、薄い繋がりしか作ってこなかった。

 剣一にはどんな氷川茜を見せても、幻滅されなかった。

 スラング寄りになっちゃう言葉遣いにも、何回目かわからない同じ話にも、ウチの思うつまらないや面白くないも、全部受け止めてくれた。 

 悔しいので面と向かって言いたくないが、周りより精神的に大人なんだと思う。そしてその理由が母様かあさまであることは想像に難しくなかった。

 どうして剣一が母親をそこまでしたっているのかは知らない。型にハマった”男子高校生”が人をベタ褒めすることなんてあまりないはずだ。まだ反抗期にあってもおかしくない高校一年生タメの男が、臆面もなく絶賛する母様という存在が、どんな人物か気にならないはずがなかった。

 だからウチは、ぽろっと言ってしまったのだ。

「ウチも、剣一のお母さんに会ってみたいな」

「会えばいいじゃん、黒田家は誰でもウェルカムだぞ」

「うん、会ってちゃんと挨拶したいな」

 剣一はウチの言葉に、ハッとした表情をする。

「挨拶って……茜、それどういう意味かわかってる?」

「え?」

 男の子のお母さんに挨拶って……そういう意味に!?

「ベ、別にそういうんじゃないから!」

 ……なんて、言葉が出てこなかった。

 取り繕うための否定が、できなかった。

 会話を取り繕うために、自分からその未来を否定したく、なかったから。

 思えば剣一はいつからウチのことを、茜って呼ぶようになったんだろう。

 思えばウチはいつから黒田くんのことを、剣一って呼ぶようになったんだろう。

 それって、結構大事なことだと思うのに。

 そう呼ぶようになった瞬間を、大事なワンシーンとして記憶しておきたかった。……理由なんて、考えなくてもわかる。

「ねえ、剣一」

 質問に、質問で返す。

「ウチのこと、好きなの?」

 破裂しそうな心拍数を隠し、雑談のようなトーンで聞く。

 それに剣一はわざとらしく、考えた様子を見せ――

「……これだけ言い寄られたら、嫌いになんてなれないよな」

 なんて素直じゃない、ウチら。

 バカバカしすぎて笑っちゃうくらい。


 次の日、初めて剣一が外に誘ってくれた。

 ……デート、になるのかな。とりあえず今日はサンマだってウチらの間に入らせない。

 いつもと同じく学校帰りに待ち合わせ――なんて味気ないから、一度家に帰って私服に着替えることにした。待ち合わせ場所に着いた剣一は、呆気にとられたような顔で、下から上に視線を移動させ「……いいじゃん」なんて口にする。

 なにカッコつけた言い方してんのよ、バカ。

 なんて思いつつ気を良くするウチは、もう一人のバカ。

 せっかくのお出かけ、とは言ったものの学校帰りでは遠出する時間もない。だから駅前の繁華街を、二人で寄り道しながら歩いただけ。

 どこを回ったかも覚えていないし、話した内容も覚えていない。でも外へ連れ出してくれたという事実だけが、呆れるくらいウチを浮かれさせたのだけは覚えている。

 帰り際、いきなり剣一が小箱を手渡してきた。「良かったらもらってくれ」なんて言いながら。

 ま、まさか、指輪!?

 え、どうしよ、もしかしてウチ、いまプロポーズされてる!?

 ……なんてさすがにないと思いながら箱を開けると、中にはエメラルドグリーンのバンスクリップが入ってた。

 対面の男は「似合うかなと思って」「イヤだったら捨てていい」なんて言いながら頭をボリボリ搔いている。なによそれ、ウチがそんなことする人だと思ってんの?

 そもそもヘアアクセサリーを身に着けるということは、髪型を変える必要がある。これは暗に「俺のために髪型変えろ」って意味もあるんだけど、気付いてるのかな?

 でも、絶対つけてやる、だって演じるのはウチの十八番なんだから。だったら男のモノにだって、染まりきってやろうじゃないの!

 早速、お手洗に行って、つけることにした。

 いわゆるハーフアップと呼ばれる髪型、肩まで長さはあるので結わえるのに時間もかからなかった。

 鏡の前で一人ファッションショー。うん、悪くないんじゃない?

 手洗いから戻った剣一に言ってやる、上目遣いに「どうかな?」なんて。

 ……その時の表情は忘れられない。

 意表を突かれ目を丸くし、わかりやすいくらい顔を赤くして、あちこちに視線が飛びまくった。

 嬉しくて、涙が零れそうになった。

 剣一のこと、驚かせてやれた。

 言葉にされなくても、どう思ってるのか伝わってきた。

 自分以外の人にカワイイって思われるのが、こんなにも嬉しいなんて思わなかった……


 家まで送る――そう言って剣一は黙って手を繋いできた。ウチは黙って、取られた手を握り返す。

 世間話もツッコミもなく、二人で無言の夕焼けを歩いた。剣一は沈黙が耐えられなかったのか、いきなり屋台でタイヤキを買いだした。

 ウチの分も奢ってくれたけど、口はつけなかった。だって、もし歯につぶあんが残ったら……いざという時に面白くなっちゃうじゃんか。

 剣一もウチが食べなかったことを気にしたのか、互いに一口も食べなかった。ごめんね、家に帰ったら食べるから怒らないでね?

 それからも会話はなく、無言で家までの道を歩いた。

 夕陽をバックに歩くと、二つの連なった影がずっと視線に入り込み、恥ずかしくて死にそうだった。

 でも、心地いい沈黙だった。その気持ちに押されて、家の前につくなり「まだ帰りたくない」なんて言ってしまった。

「しばらくその辺、歩くか」

「いいの?」

「茜にウソなんて、言わねえよ」

 ――胸が跳ね、顔に火が付く。

 剣一、ウチには本当のことしか言わないんだ。

 じゃあ剣一がウチを外に誘ったのも、手を握ったのも、本気でそうしたいって思ったからなのかな……


 それから意味もなく家の周りを一周して、別れた。別れ際はのことはあまり覚えてない。メッセージ送るとか、明日学校で、なんてベタなことしか言わなかった気がする。

 夜はベッドの上で、妄想ばかり。苗字が変わったり、新しい名前が生まれたりもした。頭の中はスーパーお花畑。

 別にいいじゃん、いまのウチは最強だ。おまけにランクも200に到達! って、それはどうでもいいか。

 明日、学校で剣一と上手く話せるかな。正直、目を見て話す自信がない。

 でも照れて話せないウチも意外とイイんじゃ……ダメだ、もう手に負えない。今日はもう寝て冷静になろう。

 剣一と出会って半年、ほとんど毎日顔を突き合わせてきた。

 だから焦らなくても大丈夫。これからも剣一との日常は、変化をつけながらもずっと続いていくんだから。


 ……でも、その日から剣一は一週間学校を休んだ。

 全然、連絡も取れないし、先生もわからない、家庭の事情としか言わなかった。

 そして、次に会った時にはすべてが変わっていた。

「俺、ざくろと結婚することになった」

「学校は今年で退学することになると思う」

「茜にだけは、それを伝えようと思った」

 なに……言ってるの?

 でも、剣一の顔を見て悟った。

 本気で、言ってる。

 剣一、もう二度と会わないつもりなんだ。

 ウチはもう剣一に染まっているのに、そんなこと言われても困る。

 もうブレーキは効かない、ウチは剣一と一緒じゃなきゃ学校に居場所を見つけることだって、できないんだから。

 けど、一番聞きたかったのはそこじゃなかった。

「……ざくろって、誰」

 当然の疑問に、剣一は本気で驚いていた。

 とっくの昔にざくろって人のこと、話したつもりだったらしい。

 はは、なにそれ。

 舞い上がっていた自分自身がバカみたい。

 勝手に剣一の一番近くにいるのは、ウチだと思っていた。

 思えば剣一には話を聞いてもらってばかりで、こっちから聞くことなんてほとんどなかった。

 だから、知らなかった? 聞かなかったら話さなかった?

 どっちでもいい。

 ただウチは一人で舞い上がっていただけで、剣一の内側には入れていなかったんだ……

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