幕間

幕間① 黒田くんとの出会い

 つまらなそうに頬杖をつく姿、それが黒田剣一の第一印象だった――



 入学して最初の中間試験、氷川茜ウチは学年トップの成績を収め、優等生としての地位を確立した。

 クラスメートは当然すごいすごいと褒めてくれるが、そこはできるだけ柔らかく「そんなことないよ」と返し、昨晩のバラエティ番組の話に切り替える。これがクラスメートの信頼を勝ち得る秘訣だ。

 勝ち得た後は信頼の維持。人当たりのいい優等生は、なにをするにも目立つ。だからクラスの誰とでも話すよう気を遣うし、ひいきも毛嫌いもあってはいけない。

 人目を引くルックスだってあると思う。っていうか、客観的に見て自分はカワイイ方だと思っている。

 でも行き過ぎた自信は、自然と周りに悟られてしまう。上手く隠すコツは、おだてられても本気にしないこと。嬉しくなって調子に乗った瞬間、周りは急に陰口を言い始め、そこまで言うかってくらい落とされる。……女社会はなんともまあ、生きづらい。

 と、そこまで考えて動いたおかげか、いまのクラスでの評価は上々。スクールカーストが実在するなら、高めの位置にはいるのだろう。

 これだけ聞くと「そんな目立ってなにがしたいんだ」と聞かれるかもしれないけど、別にウチ自身が目立ちたいと思ってるわけじゃない。

 自然と人の目を集めてしまうらしいので、それに伴った暮らしやすい行動を探した末にこうなった。変に大人しくしていても「お高くとまっている」と言われるのは実証済みだ。


 ウチは自分のことが好きだ。

 ウチのことを人に悪く言われたくない。

 だから高校では、友達と呼ぶ人を作らないことにした。

 友達になってしまうと、心を許してしまいボロが出る。

 そのほころびは本当の氷川茜をチラつかせ、投影される氷川茜の存在とのズレを生み出してしまう。

 本当の自分は、人に好かれる人間じゃない。

 話の盛り上がってるところに「そうかなあ」なんて返しちゃうし、ドラマの話をしてる時に「あの展開読めたよね」なんて零してしまう。

 そんなことが続くと友達は陰口を言う知り合いに変わり、人気者の氷川茜を地に落とす敵になる。「ウチってほら、かわいーから♪」なんて言った日には即時陥落だ。

 ……ハイ、すべて中学の失敗談です。

 そんな経験があったからこそ、高校では開き直って仮面で過ごす決心をしていた。

 心の許せる友達がいない学校生活。空しいのはわかってたけど、後で手のひらを返される方がツラい。

 だったら当たり障りのない知り合いを作るだけでいい。上辺だけのおべっかに、無感情の謙遜を返すだけでいい。それがウチの選んだ、自分に優しい高校での過ごし方だった。


 そして五月の終わりごろ、初めて剣一と話す機会が訪れる。

 寡黙な男子にもフレンドリー。クラスの優等生は誰にでも笑顔で、話す人を選んだりしない。それがクラスが求める姿だからね。

 だが出だしは大きくコケることになる、きっかけはスマホに移ったゲーム画面。

「黒田君、サンマやってんの!?」

 身を乗り出し、鼻息荒く聞いてしまった。

 サンマ――査問マギア。

 リリース以来、ガチでやってるスマホゲーム。

 友達のいない放課後の暇つぶし……いや、学校より本業であると言い切れるゲーム。だが知名度的にはまだまだで、初めてやってる人を見た感動のあまり、食い気味に聞いてしまった。

「まさか、氷川さんも……?」

 ぷっ、まさかってなによ。リアルで「まさか」なんて言う人、初めて見た。

 近くで見ると結構デカイ体をしている。声は思ったより高く、骨張ったエラと顎のラインは少しタイプかもしれない。

「え、ええ。最近始めたんだけど、面白いよね……?」

 食い気味に聞いてしまった自分を打ち消すために、あえて当たり障りのない反応で返す。近づきになりたい反面、ゲームをガチでやってるとは知られたくない。

「ふうん、ランクいくつ?」

 そこにガチ気味の質問で返される。ランクはおそらく自分のほうが上だけど、正直に答えたらサンマオタクだと思われてしまう。それだけは避けたい。

「えっと、忘れちゃったなあ……?」

 会話の着地を見つけられず、ウチは無性にかゆくなった頬の皮を爪で削る。ええい、お肌が傷つく!

「そっか、100まで行くともっと面白くなるよ。よかったらそこまで頑張ってみて」

 ああ~!? これは100まで行った人の発言! わかるっ、サンマは100になってから世界が変わるゲームだよね!? 話したい、ガチトークしたいっ!! だが剣一はウチをにわかプレーヤーだと思ったのか、興味を失い始めている。

 まずい、せっかく出会ったサンマプレーヤーなのに、このまま終わってたまるか……! そんなことを考えていたら、自分でも信じられないことを口にしてしまった。

「黒田くん、放課後ヒマ……?」

「へっ?」

 その日の放課後、ウチと剣一は三駅隣のハンバーガーショップで待ち合わせをした。

 だってだって! 話す人を選ばない氷川茜をプロデュースしたウチだけどっ、さすがに男と二人の食事をクラスメートに見られたらマズイって!

 剣一は二つ返事でウチの誘いを受けてくれたが、待ち合わせの不可解さについてはなにも触れないでくれた。

 そしていざ落ち合い、協力マルチプレイを始めると剣一に笑われた。その時になって初めてウチのランク180という数字を見たからだ。ちなみに剣一のランクは160、決して低くない数字だが恥ずかしさのあまり「ランク160のくせに笑うなっ!」と言ってしまった。

 言い過ぎたかと思ったけど、あろうことか剣一は「氷川さんがそんなオタクだったなんてねぇ」なんて返してきやがった……!

 その発言が根っことなり、剣一との交流が始まった。

 最初は週一だった放課後の予定も、気付けば週三、四とかなりの頻度で会うようになっていた。

 二人ともランクが高いので、新しいイベントも協力プレイで挑戦すると、すぐに終わってしまう。するとプレーに雑談を始め、しゃべる時間が長くなっていくと、いつしかウチは優等生である自分を忘れ、剣一とは友達として会うようになっていった。

 サンマがきっかけだったのかどうか、いまとなってはわからない。でも剣一は最初からウチのことを優等生って色眼鏡で見ようとしなかった。最初から同い年の友達として扱ってくれた。

 時たま「廃人」とか「オタク」とか言われるけど、悪意がないのはわかってたし、言われてイヤな気持ちにもならなかった。……これがイジられて嬉しい、ってやつ?

 ウチはそのお返しとして、剣一のマザコンっぷりを小バカにしてやった。

 そう、剣一はキモいくらいにマザコンだった。

 そもそもプレイヤーネームに「あゆかさま」って母親の名前をつけている。呼び方は母様かあさまだし、いまでも膝枕に耳かきをしてもらってるらしい。なんておぞましい!

 ……でも、少し羨ましかった。ウチは両親ともに会社の社長をしていて、家族との接点が薄く、親に頼らない生活を望まれてきた。

 だから剣一に羨ましいと零し、自分の家族について話したことがあった。そしたら剣一は真面目な顔で「それが普通の親子だよ。世の中には信じられないような親だっている」なんて返されたのが少し印象的だった。

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