1-17 ヤンキー:こおりば
「信じらんない、あのクソメガネっ! って、剣一はどうして笑ってんのよ!?」
「いや、だって茜を崇拝してきたマゴちゃんが『部外者の氷川先輩は黙っててもらえますか』なんて言うんだぞ? スカッとするだろ」
「なんでスカッとしてんのよ。剣一はどっちの味方なの!?」
カム着火モードの茜に胸倉を掴まれる。俺はそれでも笑いが止まらない。
「氷川先輩、廊下で男子に恫喝を働くのはやめなさい!」
早速、茜をマークしていた一年の風紀委員から注意を受ける。
「ああん!? ウチを誰だと思ってんの!? 元風紀委員長が恫喝なんてするわけないじゃない、どこに目ぇ付けてんのぉ?」
「ひ、ひぃ~! 馬籠さん助けてくださ~い!」
その通り、元風紀委員長が下級生にメンチなんてキレるはずがない。
……なんて考え方では立派な風紀委員にはなれないぞ、という先輩の体を張った指導なのだ、多分。
「あーあ、泣かしちゃって。周りも見てるぞ? これで茜も、俺と同じ立派な不良生徒だな」
「……剣一といっしょなら、別にいいわよ」
「なんか言ったか?」
「あんでもないわよ!」
「そうか。俺も茜といっしょなら構わないぞ」
「聞こえてんじゃねーかっ!」
襟首を突き飛ばし、手を払う姿は堂に入っている。どこに出しても恥ずかしくない、立派な暴力ジェイケーだ。
あの決闘から一週間、馬籠は学校を休んだ。
なぜ一週間も休んだのか、その詳しいところは誰も知らない。
満を持して復帰した馬籠は、再び問題児の黒田剣一を呼び出した。
それを見て「やれやれ仕方ないわね」と、頼んでもいない元風紀委員長が付いて来る。いつもの光景。けど病み上がりの馬籠がいる風紀委員室は――過去最高に荒れることになった。
「氷川先輩、あなたは呼んでいません。お引き取り下さい」
「は!? 別にいいじゃない。ウチ、元風紀委員長なのよ?」
「では部外者ですね。僕は黒田先輩だけをお呼びしたのです」
「でも剣一は、家庭の事情で……」
「氷川先輩がそうやって黒田先輩を甘やかすから、風紀委員全体が舐められることになったのです」
メガネを光らせ、睨み付ける。
少し違う様子の馬籠に、茜も一歩後ずさる。
「ちょ、ちょっと。それは言いがかりでしょ?」
「いえ、当時の風紀委員長と黒田先輩と懇意なウワサ、それはいまや二年生以上の皆が知るところです」
「言わせておけばいいじゃない」
「それが甘いと言ってるんです。いいですか、そのウワサを野放しにすること、それ自体が風紀を管理できていないことに他ならない。そのウワサが立ってしまったのであれば、それを払拭するべく行動を起こす。それが風紀委員、いえトップに立つ者の役割です。いまの風紀委員は色仕掛けで落ちる――最悪だ。それを放置し、風紀委員を去った氷川先輩、あなたは風紀委員長、失格です」
さすがに茜も絶句、いままでの態度と百八十度違うのだ。俺は自分のことながら、馬籠の変貌ぶりに笑い転げていた。
俺と馬籠の決闘は終わったが、ここにきて新旧委員長同士の決闘が待っていた。
「へ、へえ……馬籠クン、そんなこと思ってたんだあ」
「事実だから黙殺、ウワサだから放置。トップに立つ者であれば、どちらにも収まらず打開策を編むべき案件です。僕以外の皆も同じことを思っていましたよ」
「なにそれ。ウチが委員長だったときは、横からなにも言わなかったくせに」
「言われないと、やらないのですか? 子供の言い訳にもなりませんね」
茜の額に、青筋が立つ。
が、開き直ったのか、今度はいやらしい笑みを浮かべる。
「馬籠クン、剣一との決闘に負けたんだってね? ウチにアタるのはその腹いせかしら?」
馬籠は賭けに負けた。そのため茜へのアプローチが今後、許されない。
「図星でしょ? イヤね~フラれてあきらめさせられた腹いせに言いたい放題。本当はウチのこと、好きじゃなかったとでも言い出すのかしら? 可愛さ余って、憎さ百倍ってヤツかしらねえ~?」
茜のヤツ、ひっでえなあ……あまりのヒドさに失笑するレベル。
二人の間には、もうフったフラれたの気まずさは存在しない。……というかただの罵り合いだ、大統領戦の討論くらいヒドい。
その時、一瞬だけ馬籠と視線が合った。
茜が気づくか、気づかないかの本当に一瞬。
そこには会話も、コミュニケーションも存在しない。すべてはあの夜、闇に溶けてしまったのだから。
俺はなにも言わず、視線だけを返す。
それに馬籠は、なにも反応しない……という答えを、おそらく返した。
意味があったのかどうかもわからない。でも、なにか意志を感じる一瞬だった。
「氷川先輩」
少し身構える茜、いまや馬籠の突っ込みはキレッキレなのだ。
「そうです、僕は氷川先輩にこっぴどくフラれました。玉砕です。……でも」
メガネを指で押し上げ、ニヤリと笑う。
「好きな人から歯牙にもかけられないのは、先輩も同じですよね?」
茜、氷りつく。
「自分のことを棚に上げ、人の揚げ足を取る。氷川先輩、僕はあなたのそういうところ……すごく可愛いと思いますよぉ?」
「じょ、上等だァ、コラァ!!!」
茜……キレた!
***
そんなこんなで二人の口汚い罵り合いは、二年以下の風紀委員も巻き込んでの大騒ぎ。
結果、氷川茜は旧風紀委員長でありながら、現風紀委員に敵対因子としてマークされることになった。大変愉快だ。
風紀委員室を追い出されたいまも馬籠の態度に怒り狂っている。茜は怒らせると根に持つタイプだ。だが感情補正がなくなった馬籠だって、相当に手ごわいだろう。昨日の味方は、今日の敵。
「あー、ヤダヤダ! フられて豹変する男ってホント最悪、まさか馬籠クンがあんなサイテーなヤツだったなんて」
「まあ、そう言ってやるなよ。あいつも風紀委員長として大変なんだろ?」
「なによ、またそうやって馬籠クンの肩持って、あんたたちデキてんじゃないの!?」
「ぶっ飛んだな」
そうやって傍若無人に感情を振り回す、本校の新たな問題児。
でも感情を露わにできるということは、心のつかえが取れた証拠。喜怒哀楽が小さい茜はつまらない。
茜は黙ってても勝手に喋り出す、会話が起きないのは茜のテンションが低いとき。俺に話題を提供できるなんて気の利いたことはできない。できるとしたら、感情を爆発させられる環境作り。
「なによ、ウチの顔になにかついてる?」
「いや、目と鼻と口がついてるなって」
「それは、よーござんした」
適当な返しに茜は鼻を鳴らして、前を歩く。
目に映るのはハーフアップの髪を束ねた、エメラルドグリーンのバンズクリップ。
「ねえ、剣一」
「うん?」
「……どうして、ウチだったの?」
「なんの話だ」
「決闘とか、なんとか」
唐突に始まった、馬籠との決闘。
求めるではなく、引くことが前提の賭け。その戦いがなにを意味していたか、気にならないハズがない。
「急に決闘するとか、意味わかんないし。なんか剣一もノリノリで止まる気配ないし。オマケに気づいたら、終わってるし」
茜は拗ねている、棘付きで。
「二人は楽しそうでいーよね。決闘するのも結構コケコッコウ。でも勝手に賭けられたウチは……この結果をどう思えばいいの?」
賭金はモノじゃない。
賭けられたことに対して理由を求めるし、決闘自体を不思議に思うのは当然だった。
「剣一が……ウチのために勝ってくれた、なんて思ってもいいの?」
おっかなびっくりと
俺が茜のためになにかした――結果だけ見れば、そうなのかもしれない。
本来はマイナスしか生まれない決意を賭けた決闘、そこに賭金が生じてプラスが生まれたなら、悪いことじゃない。
俺が学校で話す相手は、もう茜だけ。そいつのテンションが低いと楽しくない、だから原因を排除したまで。けど茜が聞いてるのは多分、そうじゃない。
「ウチ、喜んでいいのかな?」
……そんなの、わかってるだろ。
でも、わかっていながら賭金にしてしまったのは俺だ。
線引きされたはずの距離感は、あの日から変わらない。俺たちの席は隣で、サンマのフレンドであることも変わらない。
だけど今回、距離を無視したのは俺の方だった。
その行動に茜が戸惑い、こんなことを言い出したのは俺のせいだ。
わかってて、茜に顔色を窺わせてしまった。本当は強がりで、臆病な茜が、言葉にした意味。
忘れたはずの熱が、込み上がり――自然と、口が開いた。
「ああ、だから礼をしてもらう。……ほっこりレモン一本で」
茜の肩が落ち、ため息。
「……剣一、ホントそれ好きよね」
「だって美味いじゃん」
「まあ、ウチも嫌いじゃないけど」
「お前な、頭にまあってつけるのは、本気で肯定してないってことなんだぞ」
「じゃ、好き」
「最初からそう言え」
「……そっちの話じゃないっての」
言って、そのまま走り出す。
「しょーがないから奢ったげる。でも焼肉はチャラになってないからね?」
「わかってる、いちいち言うな」
困ったように笑い、踵を翻す。
小さくなっていく背中に、困り顔が伝染する。
俺たちの礼はあくまで奢り、奢られ。貸し借りなんて作っちゃダメだし、見返りはしっかり求める。
疎かにすると、それは心の繋がりになってしまう。形に残るものなんて、最悪だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます