1-12 副次能力

 刹那、大地が抉れるほどの衝撃。

 怒りに我を忘れた、自重を顧みない突撃。予期していた俺は足を滑らせ、再び同じ間合いを維持する。

 着地点に俺の姿がないことに舌を打ち、殺意の籠った視線が俺を貫く。

「あなたはいつだってそうだ! そうやって飄々と現れては消え、規則や常識と離れ、僕の邪魔をし続ける!」

 跳躍からの刺突。移動に伴う暴風が辺りを駆け巡る。轟音響かせての突撃も着地点に傷一つ残せない、現実を変えることのできない能力者の足掻き。

「僕はね、あなたのことが憎くてたまらない!」

「そうか、残念。マゴちゃんとはなんだかんだ上手くやれそうだと思ってたんだけど」

「だからそういうところがっ、気に食わないんだよ!」

 そう叫ぶと彼は痩身長躯の肢体を折り曲げ、手元の依代を突き出し。

矛盾一体アエギス・バレット!」

 彼の依代が、開傘する。

 傘地が広がり、桃色カラーに、猫のキャラクターがウインクをしている。

 瞬間、俺の視界を暗紫色が埋め尽くす。

 依代が発光――したのではない、傘地から無数の光弾が迸ったのだ。

 濡れた傘を開いて水滴を払うような動作。しかし放たれた粒子は水ではなく、攻撃の意志を持った光の散弾銃。

 能力者の意に沿い、向けた方角へ放射状に伸びる無数の光弾。標的の決意を吹き飛ばすべく繰り出された、暗黒を用いた必殺の技。

 逃げ場は、ない。

 手に持つフライ返しでは防げない。マシンガンに刀で応戦するようなものだ。

 必然と俺は光弾を受けるしかない――俺の身以外で。

 咄嗟にフライ返しを地面に向かって突き立てる。

 能力は現実に影響を及ぼさない。にもかかわらず、現実の地面は能力者の依代を受け入れ、突き立った。 

 眼前のフットサルコートは大きく割れ、岩塊が隆起。それは盾となって俺の視界――光弾が向かう射線の障害となり、現実へ干渉できない光弾は岩塊の前で次々と消失する。

 そして、静寂。

 岩塊は俺の前に立ちはだかり、現実に発生した現象として、いまもそびえ立っている。

 馬籠の顔に浮かぶのは、驚愕。

「なぜ、現実に干渉が……?」

 能力は現実に影響を及ぼせない、それが第一前提。だが馬籠は初戦にて易々とそのルールを覆された。

「それが俺の副次能力サポートスキルだから」

副次能力サポートスキル……?」

「ああ、主能力メインスキルとは別に存在する、能力をより高めるための能力スキルだ。キャリアを重ねると習得できる」

 副次能力サポートスキル現実浸食インフェクション

 決闘での行使する能力は、現実へ影響を与えることができない。その大前提をひっくり返す、この副次能力は主能力以上に強力だ。

 そもそも能力が現実に影響を与えられないことには理由がある。

 闇の決意を抱える者は得てして、精神状態が正常ではない。そんな人間に能力を与えたら、ヤケを起こし現界に反逆する可能性が高いからだ。

 だが、俺はハデスによって掟破りを許可された。

 ――主は能力者にしては理性的で、且つ決意成就の可能性が高い。現界の浄化カタルシスを早めるには主の恒常的な勝利が望ましい。

 能力を手にして約半年、その副次能力をハデスから付与された。以降、ギリギリの決闘はない。現実を行使した盾は、どんな屈強な能力をも無効化する。

「現実に影響を与える、ということは」

「安心しろ。能力者は傷つかない、従来通り決意の消失だけに留まる」

 副次能力があるとはいえ、能力者の肉体を破壊したりはしない、そもそも破壊されないための身体強化である。

「その保証が、どこにありますか」

「いままで幾多の能力者がそうだった。だから馬籠も安心して決意を失えばいい」

「ふざけるな! どんなことがあっても、負けるなんて!」


 闇の決意。それは人の心に馴染まず、いつか必ず失う運命にあるという。

 その主張をもって闘争に及ぶは阿呆の極み。

 互いの不幸を比べ合い、どちらが上かでケンカする愚にも付かない異常者同士。

 闇の決意をぶつけ合うなんて所詮は不幸自慢。

 決意を世界に嘲られ、破滅を約束された能力者。

 いずれは俺も決意ざくろを忘れ、普通の日常に帰っていくのだろう。

 決意の発現は終わりの始まり。だがこの手にある決意いまを失うことはできない。それが決意に魅入られた、能力者の姿。


 馬籠に向かって、こちらから踏み出す。反応にやや遅れた敵は傘を盾とし、振り下ろされた剣を正面から受ける。

 構える依代は合成樹脂とポリエステルでありながら、腕に返るは鋼鉄の反動。

 神速から繰り出される衝突は、人の身を崩壊させるほどの反発を生む。だが強化された腕は自壊せず、重圧こそ違えど単純な力点の比べ合いとなる。

 桃色の盾は鉄壁。押し破ることは不可能と判断し、返る力を利用して後方へ跳躍。それをウインクで見送るプリントされた猫のキャラクター。……が、使い手はそれを許さない。

 後方へ引いたことを好機と判断、馬籠は追行しつつ盾を畳み、開傘。

 再度襲い掛かる暗紫色の散弾。対し、こちらも剣を突いて岩塊を築く。

 互いに依代を駆使しての能力発現。発現時は多大な隙を生むため両者、好機を見出す。だが能力同士の衝突であれば、隙を見せ合ったまま膠着するも必然。

 決闘における主な決着パターンは二つ。

 一つは能力を使用せず、単純な依代の打ち合い、または格闘の末に相手が戦闘不能になった時。不死の肉体とはいえ、ダメージの蓄積は存在する。雑に言えばケンカして半殺しにすれば勝ちというわけだ。だが、目の前に必殺の武器がありながら、格闘で決着がつくことは極稀だ。

 ほとんどの決着は以下一つ、能力使用の攻撃を、能力不使用で防ぎ、大きな隙をついての決着。

 しかし能力利用の攻撃に、能力を用いず耐え得ることは不可能。能力に対し絶対の防御を誇る現実浸食インフェクションだが、岩塊を作り出す際には大きな隙を要す。そこに勝機――すなわち隙を見出すには、互いの能力と依代の特性に見切りをつけることが重要だ。


 そして現在の状況下で、正直なところ俺は不利だった。

 馬籠の持つ矛盾一体アエギス・バレットは、全方位の圧倒的な物量攻撃。対して俺の防ぐ手段は現実浸食インフェクションのみ。

 先ほどは現実浸食インフェクションに不意を突かれた馬籠に踏込み、押し合いに持ち込むことができたが、次はそうもいかない。

 馬籠は俺の踏込みと同時、散弾銃を放つだけで優位に立てる。開傘時に光弾が繰り出され、傘自体も鋼の盾。俺が踏み込みつつ、岩塊を創り出すことも不可能。

 馬籠の言うように、攻守一体の優れた依代だ。

 対し、俺の依代は攻撃特価で防御には使用できず、副次能力サポートスキルはどちらかというと防御向き。

 突破口として俺には主能力メインスキルが残ってはいる。しかしデメリットが大きいため気軽に使用はできない。

 分断ディバイド、それが俺の主能力メインスキル。フライ返しから放たれる、長射程の衝撃波。

 しかし、その衝撃波が問題だ。

 主能力メインスキル副次能力サポートスキルは切り離すことができない。

 仮に分断ディバイド放ち、馬籠の盾を切り裂いて勝利できるとしても……万一に攻撃が外れたらどうなるか。

 現実干渉を可能とした衝撃波は地を走り、深夜の街に破壊の限りを尽くす。

 既にフットサルコートには二対の岩塊が聳えている。ちょっとした事件になることは避けられない。だが分断ディバイドの空振りは災害の域に近い、必中のタイミング以外での使用はありえないのだ。有利すぎる副次能力のデメリットだ。

 ……だが俺の想定する最悪は、この街が災害に見舞われることではない。

 決意ざくろを失うこと。

 それだけは絶対に避けなければいけない。もし敗北間際となったら、乱発もやむを得ない。街なんて、他人なんて、どうでもいい。

 決意を失うわけにはいかない。それこそが世界に定められた能力者エゴイストの姿だ。

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