1-11 マゴちゃんの決意

 決意を失う、それは能力者が闇と無縁の世界へ立ち返ること。

 喪失の条件は三つ。

 一つ、能力者同士の決闘を経て、能力行使不能に陥った時。

 一つ、能力を発現させる依代が、原形を留められなくなった時。

 一つ、能力者自らが決意の維持・成就を諦めた時。


 決意と能力は表裏一体。能力行使不能に陥るということは、決意の維持ができないということ。

 能力が現実に干渉できない代わり、能力は能力に干渉する。能力による攻撃が相手に直撃した場合、能力――決意に損傷を与え、決意自体を消滅たらしめる。

 能力者にとって能力の行使自体は造作もないが、相手に直撃させるのは至難の業。その理由は決闘の場にある。

 能力者が対面すると、その場は決闘と定められ能力者には大きな身体能力の向上――ハデスの加護が与えられる。能力者は不死の肉体として強化され、依代は能力行使が可能になる。それが浄化カタルシスに向けての決闘。

 加護を受けた両者の体は暗紫色あんししょくの光を纏い、相手を見定め次第、火蓋は切って落とされる。


 馬籠は傘を構え、おれに踏込む。五メートルの距離は一歩で詰まり――音速の刺突。

 必殺の早業は不可視。故に反射での回避、後方への跳躍。襲撃者は表情を歪め、続けて踏込む。が、間合いは詰まらない。続けて三度の刺突、いずれも空振り。馬籠は一度足を止め、呼吸を整える。

「驚きました。身体強化とはこれほど変わるものなんですね」

「ああ、見られるわけにいかないだろ?」

 能力自体は現実に影響を及ぼせない。だが強化された能力者の動きは、異常以外の何物でもない。これが人前での決闘ができない理由。

 馬籠の構える傘は既にポリエステル素材とは思えぬほど硬化している。無論、俺が手にするフライ返しも。

「先輩は、もう何度もこれを繰り返されてきたのですか」

「二年前からな」

「……決闘においても、あなたは先輩なんですね」

 言いながら左前半身の構えを解き、中段へと緩く構え、向き直る。流れるような動作、とても初戦とは思えない動き。武道経験者か?

「マゴちゃん、いい構えだな」

「昔、少しだけフェンシングをかじったことがあります」

「なるほど」

 あまり油断はできないということか。

 冷えた空気に張り詰める、一触即発の緊張感。構える依代は暗闇に五月蠅うるさいほど目立つ、ピンクとイエロー。

 間抜けである。

「……先輩は運がいいですよね」

「なんの話だ」

「僕よりも先に能力を手にし、氷川先輩と同年代として生まれ、同じクラスになった」

「それを運よく思ったことは、一度もないぞ」

「だとしても、僕にとってはどれだけ願ったかわからない幸運です」

 他人の芝生は青い。俺たちが欲求を抱える生き物である限り、それは未来永劫変わらない。

「世の中は所詮、運。誰の元に生まれるか、誰と出会えるか、災害や戦争の渦中に生まれるか。誰もが選べない不平等な世界です」

 それには、同感だ。努力や才能での掛け算で人生は決まれど、元の数値が低ければ低いほど最終的に得られる数字の高さは叶わない。

 その土台となる部分を手にする環境は、運以外の何物でもない。俺の生まれも、ざくろの生まれも……

「僕はきっと悪い生まれじゃない。でも、僕が欲しかったのは氷川先輩の心です」

 本当に運を持たない人から見たらただの贅沢品。

 俺だって自分が幸運な人間とは思わないが、腹が減って死んだりすることはない。その視点から見れば俺だって幸せ者だ。

「あなたの持つ運が心底、妬ましい」

 だがそれを理解して尚、俺たちは現状を幸せであると受け入れず、ないものをねだって不運を嘆く。

「同い年として出会い、同じゲームを通して交流を深め、校内で付き合っているとウワサされるほどの関係」

「ああ、ウワサだ」

「でも氷川先輩が心を傾けたら、同じことです。僕はどうやったって振り向いてもらえない。女性は僕みたいな年下男子に恋愛感情を持つことなんてない。あの人をどれだけ好いたって、遅く生まれた不運には……叶わない」

 その言葉に、馬籠の本心を垣間見た。

 何度も茜に告白し、フラれたことは聞いている。でも、どこか面白半分に聞いていたのかもしれない。

 人にもよるだろうが、年の違いが恋愛対象の有無にかかわることはない。でなければ年の差カップルすべてを否定することになる。にもかかわらず馬籠はそれを言い訳にした。しなければならないほど、参っている。

「だからね、先輩。僕はあの人に想いを告げて、困らせて、少しでも心の領域を僕で占めておきたい。ただそれだけなんです」

「お前……」

「僕の決意は叶えることじゃない。この関係を少しでも長く維持し続けることです」

 それが馬籠の決意……疑いようもなく、闇に蝕まれていた。

 自分自身でもどうすればいいか、わからないのだろう。だが内にある恋心は失いたくない。その感情を失ったら、気持ちに寄り添ってきた自分と、時間を失うことになる。それは完璧主義の馬籠にとって難しいだろう。

「それだけでいい。なのに、あなたはそれさえも邪魔しようとする」

「当前だ、お前のしていることは間違ってる」

「知ってます。でも氷川先輩を受け入れない、あなただけには言われたくない」

「受け入れる? なにを言ってるんだ?」

 馬籠は、俺が茜の弱みを握っていると思っているんじゃなかったのか?

「あなたたちは友人と呼べるような関係じゃない、見ていれば誰だってわかります」

 なるほど、そう解釈したのか。

 茜が俺に好かれるために、言いなりになってるって。

「でも、そうじゃない。そういうことにもならない」

「あなたがずっとそんな態度だから! 手に入りそうで入らない、そんな関係を続けるから! 氷川先輩が縛られているんです!」

 ……馬籠の茜を思う心は本物だ。

 独りよがりの想いであれば、そんな考えに至ることはないだろう。

 そして茜が振り向いてくれないことを受け入れ、あきらめた原因は俺に惚れてる。ということになっている。

 どう思ってくれたって構わない。だが”茜を困らせて、心を占有せんゆうしたい”という決意だけは間違いだ。

 馬籠にしてみれば、負けられるわけがない。特に俺だけには。

 同情心はある。馬籠のことも嫌いじゃない。

 だけど、その言い分を認めるわけにはいかない。

 いまの馬籠は一本通っているようで、徹底的に矛盾している。

「バカか、お前は」

「っ!?」

「好きでもない女と、付き合ったりするかよ」

 ――言葉にしないと決めたからには。

「よくも、僕の前でそんなことをっ!」

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