1-9 決闘とはダサくてなんぼ

「流石に夜は冷え込むなー」

「仕方あるまい。暦上は既に冬、陽も落ちて随分と経つ」

 凍てついた空気が骨身に染みる、本格的な衣替えが終わっていないので、厚めのパーカーを羽織ってきたが、流石に軽装備過ぎか。

 冥王サマとやって来たのは、真っ暗なフットサルコート。正規の利用申請をしていないので、照明が灯されることはなく、遠くの街灯だけが唯一の光源だ。

 辺りは一寸先も見えない闇、まさに決闘に相応しいフィールドとも言える。

 帰宅中に調整したマゴちゃんとの決闘の日時は、翌日の午前三時。つまり、次の陽が昇る前。

 結局、すぐの決闘となってしまったのは、馬籠が「もうすぐ期末試験なので、早めに終わらせたい」という、なんとも現実的な返答からだった。

 決闘に負けたら決意と呼べるほどの気持ちが、無理やりに剥がされる。それなのに寝る前にトイレに行く、くらいのノリでさくっと予定をはめ込む馬籠の温度感に若干もやっとする。

 気掛かりだったのはストーカー癖のある茜。別れ際の変なテンションのせいか、今日はノーマークだった模様。日時を知っていたら本気で付いてきかねない、割とマジで。

 だが、本当に一番の気掛かりは……

「ざくろ、怒らせちゃったなあ」

「決闘は体術。深夜に行うのであれば睡眠不足で行くなどあり得ない。その他の用事など些事に過ぎぬ」

「わかってるけどさあ、母様にも会える予定だったのに」

 本当であれば日付が変わる前の今日、ざくろと一緒にご実家へ遊びに行く予定だった。だが突如出会った能力者と、当日の決闘。そんな日に夜まで遊ぶなど負けに行くようなものだとハデスに諭され、仕方なく予定を断念した。

 ざくろには約束を破ったと怒られ、機嫌を直してもらうまでに小一時間かかった。これだったら最初から遊びに行って、帰ってきたほうが早かったまである。一応五時間は寝られたので、コンディションは問題ない。

「馬籠の決意って、なんなんだろうな」

 ふと思いついた疑問を、口にする。

いずれにせよ、この世に悪影響をもたらす。だからこそ世界が、ニグリ決意アルケーと定義づけた」

「それは何度も聞いた。でもあいつ、基本いい子だから悪いことなんて考えなさそうだけどな」

「性善説という言葉があるように、後天的に悪が忍び寄ることもある。どんな善人でも心が壊されれば、常軌を逸した考えにも囚われる」

「言いたいことはわかるけどさ」

 ふと、仕事の帰り際に見た泥酔したサラリーマンを思い出す。

 彼も決して悪人ではないだろう。だが会社のため、家族のため、なんてものに押し潰されたら、少しずつ歯車の回転を狂わせるのかもしれない。

 事実、俺だってざくろのためにと思い立ったことが、世界に闇の決意と定義づけられてしまった。そのため勝つことになんのメリットもない、決闘という同士討ちの儀式を強いられている。

 忘れていないか確認するため、ベルトに差した依代よりしろを手にとって確認する。

 依代とは決闘の際に能力を放つための武器。

 それは――フライ返し。黄色のパステルカラーで、とても可愛い。お値段税込にして百八円。……これが俺の能力を体現する武器だった。

「いまさらだけど、締まんないよな」

「二年も付き合ってきた思考の依代に、なんたる暴言」

「いや、こいつには世話になってるよ。でも、さすがにもうちょっとカッコいいものが良かったというか」

「主に限らず、過去に出会った能力者の依代を見たであろう。総じて見目麗しいような依代は然う然うない」

 競馬ジャンキーのペグシル、専業主婦の布団叩き、一番羨ましかったのはラクロス部員のラケットくらいか。

 どれも武器というよりは生活により近い小道具、ハデス曰くペットのような生き物が依代になることもあるらしい。

 その決意に最も近しい物が、能力を体現する武器に変わる。それがこのフライ返しだった。ざくろが初めて家に来た日、手伝うと聞かないざくろが家から持ってきた唯一の物。

 決闘時以外は普通の家具でしかない。前は料理にも使ってたが、いまは武器専門として肌身離さず持ち歩いている。いつどこで能力者と出会うかわからない。

「見た目など関係ない。主が依代を振るい、その力を信ずるに値したからこそ、こうして余が付き従ってるのではないか」

「頼んでない。お前を見るたびにテンション下がるし、ブキミだし」

「不平を述べつつも離れぬ関係、現界ではツンデレと云うらしいな」

「そんなかわいいもんじゃねえし!?」

 本来、ハデスが能力者の前に姿を現すのは、決意を抱えた時と失う時だけ。

 能力者は短命だ。平均でも二週間で他の能力者と出会い、初戦で決意を奪われる。

 だが俺は長期に渡り決意を維持し、決意を成就させる可能性が高いと見られ、冥王にとり憑かれた。

 ハデスの目的は現界にある闇の決意を消滅させること。そのため出来る限り、能力者同士が早めに交戦し、決意を失わせることにある。

 決意には成就型と持続型がある。成就型は達成することにより能力を失うが、持続型は自ずと消滅することはない。

 俺の決意は成就型。極端な話をすれば、俺がすべての能力者を倒した後、決意を成就すれば世の能力者はゼロとなる。まあ、新たな決意は至る所からぽんぽこ生まれるので、そんなことは有り得ないが。

 ハデスは効率よく能力者を減らすため、俺に助言を与える。助言を受け、俺の敗北率が下がれば、成就までの道も現実的になる。そんな相利そうり共生きょうせいの末、いまの関係が成り立っている。

 馬籠の決意はどっちだろうか。

 予想するに成就型。根源はおそらく、茜。

 茜と交際できれば達成できる、とかその辺りだろう。人の好意については勘違いが先行しやすいので、決意となりやすい。

「来たぞ」

 密度を増す気配、神経が研ぎ澄まされて行く感覚。コートの中心に浮かびあがるのは、長身メガネのシルエット。

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