1-8 プライズ:こおりば
「僕だってね、先輩を退学させたいわけじゃない。だから先輩がどうやったら更生してくれるのか、そればかり考えていました」
「馬籠クン、いい加減に……」
「まあまあ、いまはマゴちゃんの話を聞こう」
庇ってる相手に咎められ、拗ねたように鼻を鳴らす茜。
「俺のこと、そんなに考えてくれてたんだ?」
「不本意ながら。そしてたったいま一つ案が浮かびました。でも、その前に一応聞いておきます」
馬籠が居住まいを正し、風紀委員長として俺に問う。
「黒田先輩、お願いです。あなたの行動は本校の規律を乱し、本校の生徒、及び関係者に悪影響を与える可能性が高い。それらを鑑みて先輩には卒業までの皆勤をお願いしたい」
「ごめん、そういうわけにもいかないから」
ざくろを香織から解き放つ、そのためには金が必要だ。
「そうですか。では黒田先輩、白黒つけましょう」
「白黒?」
「ええ、決闘です。勝った者が相手の言うことを聞く、それでどうでしょうか」
――ほう。
姿を消していたハデスがぼうっと傍らに浮かび上がる。相変わらずテンションの下がるヴィジュアルだ。
現在のハデスは馬籠には見えていない。通常、能力者がハデスを可視できるのは決意発現時と、失う時だけ。
「主よ、面白い相手と出会うたな」
そうだな、馬籠にこんな遊び心があると思わなかった。
「更に言えば、主とは精神的に対立した相手とも見える。存分に力を振るいあえば良い」
なに言ってるんだ、別に決闘は望んでやってるわけじゃない。相手が可愛い女ならまだしも、馬籠相手に言い聞かせたいこともないしな。
「ほう、女子であれば押し付けたい欲望があるとでも云うのか? 婚約相手に手も出せない不能者に」
おい、やめろ。別に不能じゃねえ。お前だって理由は知ってるだろ。
「ちょっと、馬籠クン。なにトチ狂ったこと言ってるのよ」
「氷川先輩、止めないでください。これは僕と先輩――いえ、男と男の問題なんです」
「決闘なんて……バカじゃないの。風紀を取り締まるものが、暴力的解決を図るなんてありえない」
「安心してください。ゲームみたいなものですよ。ね? 先輩」
「……まあ、そうだな」
茜が怪訝そうな顔をする。能力者でなければ俺たちの会話を理解することはできない。
どちらにしろ決闘は避けられない。だったら一つくらい、エッセンスが加わってもいいだろう。
「いいぜ。その賭け、乗った」
「ちょっと。剣一まで、なに言ってんのよ」
万一、負けて決意を失えば、仕事に行く理由もなくなる。別に不良ぶりたいわけでもないし、学校へ行く以外やることはなくなるだろう。
「理解が早くて助かります。場所と時間はどうしましょうか」
「そうだな……」
俺は言って茜を見る。
「おい、野郎ども。ウチは認めないって言ってるでしょ。どうしてもやるなら警察に通報するわよ。世の中には決闘罪というものがあって……」
「追って連絡するわ、連絡先交換しよ」
「承知しました」
「無視すんな!」
ギャーギャー騒ぐ茜の横で、俺たちはスマホをシャカシャカと振る。
「ふふ、これで先輩に直で呼び出しができるようになりましたね」
「あ、やべ。終わったら全力でブロックする」
「されたら、全力で退学させます」
「マゴちゃん、きっついな~」
「だからウチを無視すんな!」
自陣のセコンドが騒がしい、静かな茜よりマシだが。
「それと、これはお願いですが」
マゴちゃんは少し表情を変えて言う。
「僕が勝ったら、茜さんに関わるのをやめて頂けますか」
「それがマゴちゃんの言い聞かせたいことか? だったら俺が負けても学校には来ないぞ」
「じゃあ、二つで」
茜は我慢ならないとばかりに机を叩く、激おこだ。
「もう黙ってられない、なによそれ!? いつから風紀委員長は人間関係にまで口を挟んでいいことになったの。それにウチは――」
「別にいいよ」
「アガーーーーー!!!」
ノータイムで頷くと、床に茜の鮮やかなヘッドスライディングが決まる。
「ちょっと!? 少しは惜しんでよ!」
「いや、惜しいに決まってる」
「そ、そう? じゃあ決闘なんてしなくていいじゃんか」
「わかりやすいケリがつけば、マゴちゃんだって納得するだろ。呼び出しもなくなれば、茜にも手間はかけさせない」
「ウチは、別に手間なんて……」
馬籠が風紀委員長になって呼び出し回数は増えた。茜はその度に俺に同行し、やむをえないことだと説明する。
でも、俺はそんなこと望んでいない。
茜は、立ち入り過ぎてる。
本来の友人関係で、そこまでする必要はない。
ましてや推薦が決まり、大人しく卒業を待つ茜だ。俺のような問題児に関わっても、百害あって一理なし。
「でも、そうだよね……ウチ、おせっかいだよね。剣一だって、卒業にこだわってたわけじゃないもんね」
いつものような言い切る語調はどこへやら。言葉は力なく、視線を散らしてあからさまにしょげている。
これは、やっちまったな。
バツの悪さが頭を痒くさせ、ボリボリと毛根を爪で削る。
俺は本来、高校を辞めて、仕事一本でやっていく予定だった。
それを止めてくれて、形を整えてくれたのが、茜だ。
深入りしすぎるのは頷けないが、恩人に対していまの言い方は、ない。
茜は風紀委員室から出ては行かないものの、表情を上手く作れないのか背を向けている。
ダメだろ、これは。人として、男として――
「あのさ、マゴちゃん」
「はい?」
「そっちにふたつ条件があるなら、当然俺からも追加していいんだよな?」
「もちろん、フェアプレーといきましょう」
俺は口にする前に、ますます痒くなる頭を掻きながら、勢いで言う。
「あのさ。茜のこと、あきらめてくれ」
――それは、俺に出した条件と同じもの。
虚を突かれた馬籠は言葉を失い、背を向けたままの茜は頭を上げる。
「茜さ、困ってる。俺だってこういうことに首なんて突っ込みたくないし、マゴちゃんも言われたくないと思う。でも……」
日々の小さな変化なんて見てればわかる。茜は最近本調子じゃない。
「何度も好意ぶつけられんのは、すごい勇気だと思う。でも何度も断わる方もさ、罪悪感ってあるんだよ」
焼肉の予定、マルチバトルの依頼の多さ、試験勉強に補習の指導。
最近の茜は、なにかと絡もうとしてくることが多い。
「だからさ、もう茜のことあきらめてくれ」
隣にいるヤツが本調子じゃないと、俺も調子が狂う。
「黒田先輩」
馬籠の声が、風紀委員室に響く。
「氷川先輩と付き合ってるんですか」
何度もされた質問。だがいつもと少し、意味合いが違う。
「いや」
「そうですか」
それだけ言うと馬籠は委員長席に戻り、書類仕事を始めた。
「日時と場所が決まったら連絡してください。今日はこれで結構です」
「おっけー」
俺はあえて軽い調子で返事をし、茜に声をかける。
「茜、もういいって。帰ろうぜ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
声をかけると、茜ははじかれるように委員室を飛び出して行った。
その様子に俺は苦笑する。耳の赤くなるところなんか、昔から全然変わらない。
……負けらんないよなあ。
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