1-7 マゴちゃん、お前もか……

「学び舎で、遭遇したのは初めてになるか」

 俺の耳にハデスの声が響く。確かに、そうかもな……


「黒田、先輩」

 百九十センチの長身メガネが呆けた顔で近づいてくる。――マズイ、依代よりしろはバッグに置いたままだ。

 奇襲に備え、歩幅を広く取る。

「もしかして、これが……」

 しかし馬籠は、自分の体をパタパタと叩き、この場に起きた違和感に眉をひそめる。

 そうか、前に馬籠と会った時にはなにも起きなかった。だからこいつが決意に身を落としたのは最近、つまり能力者との対面は初めて。

「会得した時に不気味なヤツに聞いたろ、決闘のルール」

「じゃあ、先輩は……」

「ああ、俺は元からだ。馬籠が落ちたから、お前はに気付いた」

 闇の決意と能力を手にした瞬間。ハデスが現れ、闇の決意を手にした意味と決闘のルールを聞かされる。

 能力者は決意を奪い合う。

 話し合いの末、互いに決闘を流すこともできない。なぜなら奪い合うことを、本能レベルとして刻み込まれているから。

 馬籠は口元に手を当て、この場に起きたことを整理している。

 ――隙だらけだ、一発で仕留められる。

 大抵の能力者はそう。初めて起こった自分の異変に戸惑い、戦いが始まった瞬間、熟練者キャリアに負ける。

 だが、俺がここで馬籠に手を出すことはできない。後ろには無関係の茜がいる――

「あんたたち、なにを急にわかり合ってんの?」

 俺たちの間にある異変を感じ取り、茜が現実に引き戻すツッコミを入れる。

「ちょっとな。マゴちゃん、この話はあとにしないか」

「そう……ですね。失礼しました」

 ハデス曰く、決闘の本能は対面から日を空けるごとに欲は強くなる。いまは茜がいるからなんて理由で矛を仕舞えるが、最終的には狂乱状態で決着を求めるという。

 茜に気付いた馬籠は、俺の肩越しに爽やかな笑顔を向ける。

 大抵の女にはウケる笑顔、だが茜が返すのは愛想笑い。

 フラれた相手にも気まずい思いなく、屈託ない笑みを向けられる。その空気を読まない鋼メンタルが、いいところでも悪いところでもある。

「氷川先輩。今日も変わらずお綺麗ですね」

「そりゃ、どーも」

 始まった。茜相手の口説きモード。茜も慣れた様子で、適当にあしらっている。

 馬籠の変わらぬ様子に、肩の力が抜けていく。……決着は後に回すこともできる。奇襲もない以上、茜が場を外れた後にそのことは考えればいい。

「僕は悲しい。あなたのような素晴らしい人が、黒田先輩なんかに篭絡されてしまうなんて!」

「馬籠クン。何度も言ってるけど、ウチは別に」

「ああ、いいんです! 弱みを握られてるんですよね? でなければ氷川先輩がここまでするなんて考えられない!」

 額に手を当て大袈裟なジェスチャーをかます馬籠、毎度見てて飽きない。

「黒田先輩は家庭の事情で、及第措置が認められてはいます。ですが規律は存在し、ルールには可能な限り則ってもらいます」

「別にいいじゃない、認められたんなら放っておけば?」

「それでは風紀委員の名が泣きます、他に真似をする生徒が出兼ねません」

 俺は表向きは母様が婆様の介護で実家に帰り、生活費を稼ぐため、ということになっている。九割は事実なので、やましいことはない。

 だが、それが認められた当初。他にもアルバイトをしたい生徒や、黒田が不登校を許されたという理由で校内は荒れた。欠席を正当化しようとするヤツなんかも現れたりして。だから馬籠の言ってることは正しい。

「それにこんなウワサもあります。氷川先輩は黒田先輩に唆されたんだと」

「まだそんなこと言ってるの?」

「少なくとも学校に認められるまでの間、氷川先輩は黒田先輩を見逃し続けてきたじゃないですか」

「な、なんのことかしら」

「もう認めましょうよ、氷川先輩。あなたは黒田先輩に唆されて、黙認を強要された」

 優しく、諭すような馬籠に、茜は青筋立てて言い返す。

「ウチはそんなことしてないし、されてない。しっかりと風紀委員長として、素行不良の剣一を指導した。それでも改善できなかったのは、ウチの能力不足よ」

「――という建前を、僕は許してあげられます」

「だからっ!」

「氷川先輩、いいんです。わかってますから」

「はあ? わかってるって、なにを!?」

「氷川先輩はもっと真っ直ぐな人です、黙認なんて手段を一時的にでも取る人じゃなかった。でなければあなたは最初から全力で、学校に認めさせようとしたはずです」

「そんなこと、ないわよ」

「いえ。僕は小学生の時から、ずっとあなたの背中を見つめてきました。わかりますよ、それくらい」

 そう言って馬籠はうっすらと笑う。

 前に聞いたことがある。二人は小学校下校班からの付き合いだと。

 実際にどの程度の仲かは知らない。けれどずっと茜を見てきたのであれば、少なからず茜の変化を察知したというのは事実なんだろう。

「迷っている氷川先輩なんて、初めて見ました」

 茜は応じない。不満そうな顔で視線を斜めに落としている。

「風紀委員長が不登校の黙認なんて許されるわけがない、だからそのウワサを払拭するために、理由をでっちあげて学校に認めさせた」

「妄想ね」

「もし馬籠クンのいうことがホントだったら、なんでウチはいやいやで剣一を庇うのよ」

「最初にも行った通り、氷川先輩が弱みを握られてるからです」

「はっ、剣一なんかに弱み握られてたまるかっての。脅しに屈するなんて、まっぴらごめんだわ」

 ……弱みなんてない。だから、やりきれない。

「どちらにしろ、氷川先輩は黒田先輩に肩入れし過ぎです。氷川先輩の任期は終わりました。これからは僕のやり方で進めますよ」

「馬籠クン。学校は剣一の境遇を認め、進級していまがあるのよ。それを妄想で覆そうとしてるから、こうして毎回一言添えに来てるんじゃない」

 ため息交じりに、茜が同行の理由を告げる。

 が、馬籠も引かない。茜の言葉を流し

「現に黒田先輩の出席日数は半分を割っています、そんな生徒の卒業を認めてはいけません」

「校則第三十二条。家庭の事情において、既定の出席日数未満であっても、その背景が認められれば及第措置を与えることができる」

「しかし校則第二十七条があります。生徒が諸規定を守らず、学校の秩序を乱し、性行不良で改良の見込みがない者。その者は訓告及び退学とあります」

「つまりデジタルな判断はできない。だったら先生方の判断で剣一は、進級・卒業するに値するってことよ」

 茜が勝ち誇った顔でにやりと笑う。

 けど、馬籠も怯まない。なにかいいことを思いついたかのように、ぱっと笑う。

「はい、だから思いついたんです。――黒田先輩」

「……俺?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る