1-6 ストーカー:こおりば

 翌日、本当に社長から呼び出しが入ることはなく、二日連続の登校となった。いや、昨日は出席前に早退したけど。

 クラスメートから向けられるのは、めずらしいものを見るような視線と、疎ましそうな視線の二つだ。

 良く思われないのは仕方ない。一応、進学校であるにも関わらず、俺は受験シーズンにサボりや早退を決めまくっている。そんなヤツに「やあ、おはよう」なんて話しかけられる方がおかしい。

「あら、黒田さんちの剣一クン! 今日も朝からご苦労さま。連日の登校なんて一体どういう風の吹き回し?」

 隣の席から、芝居がかった口調。

「イヤミはやめろ、昨日はマルチ付き合ったろうが」

「それは普通のことです。むしろランクの高いウチが、カムバック勢をサポートしてんだから、供物の一つでも持ってきなさいよ」

 なんやねん、供物て。

 当然のような顔で、アホみたいなこと言う。

「ていうか、剣一だいぶプレイング鈍ってるわね。ちゃんとリハビリして」

 話題は早速、昨日のサンマに移る。確かに昨夜のマルチでは昔の感覚が取り戻せず、だいぶ茜の足を引っ張る結果となった。

「しょうがないだろ。ケルベロスがあんなに弱くなってるなんて、知らなかったし」

「バカ、弱体化ナーフされたのは二か月前よ。いまだに使ってるのなんて剣一くらいじゃない?」

「だったら一言くらいくれよ」

「剣一のパーティ構成なんて知るわけないじゃない」

「ホントか? 俺の最終ログイン時間はチェックしてるのに、出撃前のパーティー構成は見なかったと?」

「な、なんのことかしら……」

 視線を逸らし、頬を掻いている。図星か。

「とぼけんな。ログインした瞬間に招待投げるヤツがいるか」

「自惚れるのもほどほどにして。たまたまよ」

「よく言う、茜のストーカーへきもここに極まれりだな」

「は、はあ!? 言うに事欠いて、ストーカー呼ばわりとか!?」

「俺が勝手に家の住所調べられた時の話する? あれは遡ること――」

「あーあー! ひとこと言うべきでしたぁ、ウチが悪うございましたぁ!」

 額に汗を浮かべ、喚き散らす。バカ、勉強してるヤツらに迷惑だろ。

 自分の声量に気付いた茜は気まずそうに、向けられた視線に頭を下げ、俺をにらみつける。

「ったく、剣一のせいでウチの好感度下がったじゃない」

「もう推薦取った後だし、そんなの稼がなくていいだろ」

「ま、そうなんだけど」

「見も蓋もないな」

 俺がそう茶化すと、茜が不思議そうな顔をする。

「剣一、今日ちょっと機嫌いい?」

「わかるか?」

「まあ、ね。……ざくろちゃん?」

「昨日、あいつ茶碗を割ったんだ。でもパニックも起こさず、俺と香織の区別しっかりついてさ」

「香織って、あのヒステリックババアだっけ?」

「ああ。なんとか二年も引き離した成果、あるのかなって」

「そっか。二年、か」

「……そういえば、ざくろがお前に会いたいってよ」

「んー。機会があったら、かな」

「優柔不断はいらない」

「そうね。じゃ、卒業までには」

「来年はざくろも高校生だ。お前みたいなイケてるジェイケーになりたいってよ」

「ふふ、前も言われたなあ、そんなこと」

「ジェイケーのいろはを指南してやってくれよ」

「なによ、ジェイケーのいろはって」

「知らん、俺は男だから」

「随分、勝手じゃんか」

「そんなこと頼めんの、茜くらいだからさ。他に女友達いないし」

「なにが女友達いない、よ。男友達もいないでしょ」

「おい、やめろ」

 俺の即答に笑いを零して、呟く。

「友達、か……」

 目を細めて頬杖を突く。

 どこか愁いを帯びた表情に、長い睫毛のシルエットが映える。

 花の茎ほど細い手首が毛先を触る仕草は、中身が茜だということを差し引いても、絵になっている。

「ま、友達かどうかも微妙だけど」

「おい!?」

「あはは、流石に冗談」

 先ほど僅かに見せた愁いなど、なかったようにカラカラと笑う。

「それより学期末のテストどうすんの? もう二週間切ってるわよ」

「え、もうそんなだっけか」

「当たり前じゃない。もう十一月も終わりなんだから」

「じゃあ今回も頼む。茜の教え方わかりやすいからさ」

「……そう?」

「ああ、だから助けてくれよ。アカネチャン」

「ちゃん付けにカタカナで呼ぶな」

「何でも言うことを聞いてくれるかと思って」

「あほくさー」

 さすがゲーマー、サブカルにも造詣が深い。

「今回こそ、補習回避してよね」

「がんばります」

「毎回テスト勉強に付き合った上、補習の勉強まで付き合うウチの身にもなって」

「それは……悪いと思ってる」

「思うなら行動で示す。ウチだってそこまでヒマじゃないんだから」

 茜はふんと鼻を鳴らす。さすがに世話になってるのでなにも言い返せない。言ってることは一理どころか千理くらいある。

 でも俺だって補習にならないよう、頑張ってはいるんだ。千里の道も一歩から、結果はついて来ないけど。

「けど、意外だな? 推薦取ったらヒマだと思ってた。大学行くまでなんかやることあるのか?」

「決まってるじゃない。サンマのレベリングよ」

「さようですか」

 俺が言うことは、もうなにもない。廃人乙。

 成績上位に、風紀委員長を務めた有名人。人当たりもよく、クラス外から茜と話にくる生徒だっている。だが、付き合いがあまり良くないのも合わせて有名だった。茜を取り巻くウワサのせいもあるが、実態は誘いを断り、家に籠ってサンマをプレーしているだけだ。

 だからそんな茜と絡もうとするヤツなんて、俺を抜かせばあと一人くらいしかいない。

 ――予鈴が鳴り、クラスメートが席に着く。生徒を椅子に着席させたスピーカーは、ややあって聞き慣れた男の声を発し始めた。

「風紀委員長、馬籠まごめです。昨日、出席前早退という愚行を犯した三年B組、黒田剣一さん。昼休み、風紀委員室まで来るように」

 用件だけを述べ、プツッと切れるスピーカー。

「……バカ、バレてんじゃん」

「別にいまさら隠れる気はないし」

「少しは隠しなさいよ」

 茜が盛大な溜息をつく。

「ついて来なくてもいいぞ」

「そーいうわけにもいかないでしょ」

「だって茜、気まずいだろ。こないだマゴちゃんフったばかりで」

「あー! その話はウツになるからやめてっ」

 茜が顔を引きつらせながら頭を抱えている。

 ……そこまで嫌なら本当について来なくていいんだけど。

「とりあえず、昼休みになったら起こしてくれ」

「勉強教わりたいなら、相応の態度見せんかいっ!」


 そして昼休み。

 結局、茜を連れ立って風紀委員室へ出頭することになった。

「別にどうということはない。注意されたら、頭を下げて、気をつけますと言うだけだ」

「声に出てる」

「あらら、失礼」

 腕を組んで廊下を歩く、フキゲンな顔。

「そうやって、おくびにも反省の態度を出さないから、馬籠クンがヒートアップするんでしょ」

「大丈夫、マゴちゃんが怒ったくらいで地球温暖化は進まない」

「聞いてない。それに”マゴちゃん”てナメた呼び方。それをやめるだけでも、少しはマシって言ってんの」

「そっか、わはは」

「わはは、じゃないわよ。問題児を更生しないと、怒られんのは風紀委員なんだから」

「実感、籠ってるな」

「そりゃそうでしょ。なにせウチは去年、剣一を更生させられなかった元風紀委員長だし」

 言いながらも茜に悔しそうな様子はない。さも当然といった顔。

 茜とは去年、対立関係だった。

 学校に行かず、外で金のことしか考えない不良生徒。

 他の生徒が真似しないよう、規律に沿った生活を強いる風紀委員長。

 水と油、犬猿の仲、呉越同舟。

 だが、過ぎ去ってしまえばいがみ合う必要もない。もっとも――

「ほら、着いたわよ」

 気付けば目の前に、風紀委員室。

 中にはマゴちゃんこと、馬籠まごめ雄一郎ゆういちろうが座ってお待ちになっているだろう。

 彼に付随する修飾語は茜と似たり寄ったり。容姿端麗、文武両道、八方美人とかそのあたり。

 欠点があるとしたら、氷川茜に十回以上告白し、同回数のお断りを受けている点だ。だからこそ一緒について来る茜の存在は、毒にも薬にもなる。

「マゴちゃん来たぞー」

「失礼します」

 意気揚々と風紀委員室に入る、気まずそうに後手うしろでで戸を閉める茜。

 向かう先には少し大きめのデスク、そこに鎮座するのは短髪でタッパのある広い肩。そしてお決まりの台詞。

「黒田先輩! いい加減、マゴちゃんは――」

 俺と馬籠は互いの存在を認識するや否や、ぽかんと口を開いたまま顔を見つめ合ってしまう。

『まあまあ、俺とマゴちゃんの仲じゃない』

『先輩とそんな親密な仲を気付いた覚えはありません!』

 いつものような漫才は起こらない。

 互いの間に流れるのは、これまでにない緊迫した空気。

 俺が馬籠に感じた違和感、暗紫色あんししょくに光る体。

 それは二年間、俺が向き合い続けてきた、能力者との対面だった。

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