1-4 フレンド:こおりば

「ていうか剣一のキャラ名、相変わらずキモイわね」

「おい、貴様。の名を侮辱するとはいい度胸じゃないか。焼肉が消えてなくなるぞ」

「別に剣一のお母さんを侮辱してるんじゃないわよ、それを自キャラにつけるのがキモイって言ってんのよ」

 俺のプレイヤー名は「あゆかさま」だ。

 どこがキモイのかまったくわからない。名は体を表す、まさに最強の名前を冠した、最強のアカウントであることは疑いようもない。

 ちなみに茜のつけている「こおりば」は、氷川の氷と、川の英読みリバーを合わせたものだ。正直、センスはあると思うが、初見であゆかさまに苦笑いしてくれたのを根に持っているので、絶対褒めてやらないと決めている。

「じゃあ、どんな名前つけたらいいんだよ」

「知らない、名前もじったら?」

「茜のキャラみたいに略して”くろけん”とでも付ければいいか?」

「……どこぞの男優みたいね」

「おいこら。男優ってどこ界隈の男優や、言うてみい。知った経緯も合わせてな?」

「う、うっさいわね! どこでもいーでしょ!」

 茜は失言に赤面を携え、焦っている。知ってて零したことは、もはや疑いようもない。

「最近、仕事はどう?」

「誤魔化し方、下手か」

「うっさいわね! ……で、どうなの」

「おかげさまで。もうすぐ額に届く」

「そっか。よかったじゃん」

 クエストが始まったので視線はスマホに向け、淡々と言葉を交わす。

 愛想笑いも、背景の説明も必要ない。茜は俺のプライベートを軒並み知っている、もちろん額に届いたらどうなるかってことも。

「必要なお金集まったら、ちゃんと辞めるんでしょ?」

「ああ」

「ウソ、じゃないよね」

「……絶対。俺だっていつまでもぶらさがりたくない」

「なら、いいけど」

 危うくついて出そうになる言葉を飲み込む。代わりに飛び出すのは礼の言葉。

「茜が止めてくれてなかったら、卒業はとっくにあきらめてた。ありがとう」

「な、なによ。急に」

「なんとなく」

「なんとなくで、気持ち悪くなんないでよ」

「おま、ありがとうに対して気持ち悪い言うなし」

「……なんとなく、よ」

「え?」

「なんとなく、退学して欲しくなかったから。だからお礼なんて言わなくて、いいわよ」

 感情を含まない、退屈そうな声。

 スマホの画面にはCLEARの文字。いつの間にか茜のランクは俺より40も上になっていた。そうやって少しずつ、俺と茜が向かう世界は逸れていく。

「またランク上がってるな、廃人。推薦が決まった後って、よっぽどヒマなんだな」

「ヒマ言うな、サンマのランク上げするために推薦取ったようなもんよ」

 不敵に笑う、どこまで本気かわからない。こいつの廃人レベルは筋金入りだ。

「他にも推薦決まってるヤツいるんだろ。そいつらと外に遊びに行ったりしないのか」

「冗談、ウチにそんな友達いるわけないじゃん」

「胸張って言うことか」

「だって合わないんだもん。話しててつまらない思いするくらいなら、ボッチでいい」

「話題が合うヤツだったらいいのか?」

 茜は少し考えた様子で、顔を逸らしながら言う。

「そうね。気を遣わなくていい人だったら、最高だけど……」

「じゃあ、マゴちゃんと行ってくれば?」

 茜がバン! と音を立てて机に突っ伏す。

「……よくもその名前を出せるわねえ」

「小学校からの付き合いで、風紀委員長の後釜。ほら肩書だけなら十分だろ」

「なにが悲しくてフった男とサシで遊びに行かなきゃいけないのよ」

「フったってもうだいぶ前の話じゃん。あいつイケメンだし、もう彼女の一人くらいいるだろ」

「……ぃわよ」

「え?」

「だいぶ前の話じゃないって言ってんの、こないだまたコクられたのよ?」

「マジか」

「マジもマジも大マジよ! ってか月一くらいでコクってくんのよ!? 毎度もうあの時の僕とは違う! って言いながら。信じられる!?」

「それはそれは」

 大変、愉快だ。

「意外とマゴちゃんって一途いちずなんだなあ」

「冗談じゃないわ、それでこっちがどんだけ迷惑してると――」

 目の前のスマホから着信音、発信者は社長。

「はい」

「黒田君、二十分後に駅前。来れるかい?」

「大丈夫です」

「今日の仕事内容は……」

「それは移動中に聞きます」

「そうかい、じゃ待ってるよ」

 横目に入る、不機嫌な顔。

 悪いと思いつつもそれには気づかないフリをする。

 出欠前に帰るのはもったいないけど……背に腹は代えられない。バッグを掴み、帰る準備をする。

 バッグに入っているのは勉強道具ではなく作業服。駅前のトイレで着替えるためだ、制服で仕事をするわけにもいかない。

「茜、悪い。担任には体調不良って言ってくれるか」

 顔を背け、返事を拒否。

 だが、伝えてくれるだろう。納得はしてないけど、理解はしてくれている。茜は一部始終を知りつつ、最後まで味方でいてくれた。

 罪悪感はある。だがそれに甘えさせてもらう他ない。目に見えるすべてを利用する、二年前に決めたこと。

「じゃ、頼んだ」

 声をかけた茜の後頭部、髪を束ねる緑の髪留め。

 胸を掠める感傷を置き去りに、冬の匂いが漂い始めた街へと足を運んでいく。

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