男は脱出できるのか18

かごめごめ

男は脱出できるのか18話

 それきり、案山子は一言もしゃべらなかった。

 俺もこれ以上話しかけることはせず、束の間の休息を満喫することにした。


 なにをするでもなく、ぼんやりと過ごす。

 まったりと流れる時間が、疲弊しきった心と身体を癒やしていく。

 もう脱出は諦めて、一生この部屋で暮らしていくのも悪くないのかもしれない……そんな考えさえ頭をよぎる。


 だが、そういうわけにもいかないだろう。

 俺はひとつ伸びをすると、立ちあがった。


「俺、そろそろ行くわ」


「そうか? もっと休んでいけばいいものを」


 案山子は微動だにしないまま答えた。ずっと同じ姿勢で疲れないのだろうか?


「いや、もう充分だ」


 さて。

 とは言ったものの、問題はどこに出口があるかだ。


 俺は四方を囲む襖のうち、俺の真正面――案山子が入ってきた襖に目を向ける。

 襖は案山子が部屋に入った際にご丁寧にも閉められてしまったが、ちらりと見えた感じだと、襖の奥もこの部屋と同じような造りをしていたような気がする。

 もっとも、案山子登場のインパクトが強すぎて、細部まで観察できたわけではないのだが。


 正面の部屋も探索する必要があるかもしれないが、まずはこの部屋を探すのが先だろう。


 次に俺は、左右の襖に目を向けた。

 左右の襖のどちらかが出口になっている、という可能性はあるだろうか?

 そう簡単に出られるとは思えないが、裏をかいてシンプルに、ということもありえなくはないだろう。


 俺はまず、右側の襖に近づいた。

 開けてみる。



「――――は?」



 襖を開けると、そこは部屋だった。

 俺がいる部屋と同じような造りをした、六畳間の和室。

 中央にはポットと急須、そして湯呑が二つ置かれたちゃぶ台があり、ちゃぶ台の前には――


 案山子が、いた。


 すっかり冷めてしまったのだろうか、湯気の出ていない湯呑の前で、案山子はまるでくつろいでいるかのようにじっと座っている。


 そして、案山子の奥には。


 開いた襖に手をかけたまま立ち尽くしている、男の背中があった。


 俺は振り返った。

 ――案山子がいる。

 頭を戻す。

 ――案山子がいる。


「……………………は?」


 案山子は、もう一人いた?

 ……いや、そうじゃない。


 もう一度、振り返る。

 案山子の向こう、反対側――左側の襖が、開いている。

 襖の奥には誰かがいて、首をひねって自分の背後を振り返っている。


 俺は襖から手を離し、左側の襖に駆け寄った。

 すると襖の奥の人物もまた、慌てたように部屋の奥へと駆け出した。


 俺は勢いよく、その襖を開け放つ。


 案の定、案山子がいる。

 そしてその部屋の奥の襖も開け放たれていたために、その先の様子まで、よく見えた。


「…………………………………………」


 目にした光景に目眩を覚えた俺は、そっと襖を閉じた。

 案山子に向き直る。


 案山子が、「へのへのもへじ」の顔を俺に向けていた。


「……おいー、びっくりしたよ」


 俺は言った。


「もっと休んでいくといい。あんたにはまだ休息が必要だ」


 先ほどまでと変わらない、落ち着いた渋い声で、案山子は言う。


 寒気がした。


 ――俺は目の前の案山子が、とたんに恐ろしい存在のように思えてきた。

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