27 何があろうと、わたしが守ります


「アドル様、大変です! 賊が……っ!」


 息せき切った村人が駆け込んで来たのは、夕暮れ間近の、食堂で夕食が始まろうかという時だった。


 穏やかな城の空気が一変する。


「状況はっ!?」

 アドルが険しい顔で席を立ち、ギズが主の剣を取りに走る。


「賊はもう逃げたようですが、怪我人が……!」

 フェリエナは思わず立ち上がる。


「アドル様! わたくしも連れていってくださいませ!」


「駄目だ!」

 むちのように鋭いアドルの声。


 反射的に身がすくむのを感じつつ、フェリエナは目に力を込めて、真っ直ぐアドルを見返した。


「怪我人がいるというのなら、必要なのは治療できる者でしょう!?」


 アドルの凛々しい顔が、苦い物を飲んだように歪む。群青の瞳にためらいがよぎったのは一瞬。


「わかりました。しかし、危険と判断すれば、すぐに引き返します。ギズ、お前も来い! 人数は、十人もいれば十分だろう」


「ありがとうございます!」


 フェリエナは頭を下げると、薬を取りに自室へ走る。必要と思われるものを鞄に入れ、階下へ戻った時には、すでに城の前に馬が引き出され、従者達が走り出していた。


「こちらへ」

 フェリエナを待ってくれていたアドルの馬へ駆け寄る。


 アドルの腕が伸ばされたかと思うと、次の瞬間には、くらの前へ横座りに引き上げられていた。


「すみませんが飛ばします。しっかり掴まっていてください」


 言うが早いが、アドルが馬を走らせる。激しい振動に、思わずフェリエナはアドルの胸元にしがみついた。鞄を落とさないよう、しっかり抱え込む。


 空は燃えるような夕焼けだった。短い夏を惜しむように、八月の夕陽が木々や家々を照らし、地面に濃い影を落としている。


 斜光を照り返す葉の向こう、日の射さぬ葉陰から、よどんだ闇がにじみ出てくるような気がして、ぞわぞわと不安がせり上がってくる。

 馬の激しい振動と土を蹴る馬蹄の音が、追い詰めるように心を急き立てる。


「大丈夫です」


 まるで、フェリエナの心を読んだかのように、手綱を握るアドルの声が耳朶じだに届く。


「貴女を危ない目には、決して遭わせません。何があろうと、わたしがお守りします」


 力強い真摯しんしな声。


 見上げると、群青の瞳にぶつかった。アドルがにこりと笑ったかと思うと、すぐに視線を前に戻す。


 アドルの言葉だけで不安がほどけていく。

 緊張と不安にとどろいていた心臓が、今度は別の高鳴りをかなで出す。


 疾走する馬の上で口を開けば舌を噛んでしまいそうで、フェリエナはこくりと頷くと、アドルの服にしがみつく手に力をこめた。

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