25 これは悪魔の食べ物ですか?


「こ、これは……。本当に食べ物なんですかい……?」

「この不気味な形……。その、毒があるなんてことは……?」

「まるで悪魔の食べ物のようじゃ……。恐ろしや……」


 村人に呼びかけ、城の庭に集まってもらったものの、収穫し、洗って土を落としたパタタを前に、顔を強張らせる村人達を見て、フェリエナの心の中でどんどん不安が膨らんでいく。


 やはり、先に調理したパタタを食べてもらって、おいしさを知ってもらってから、実物を見せた方がよかっただろうか。


 しかし、だまし討ちのような真似はしたくない。


 今後、ヴェルブルク領でパタタの栽培を広めていくなら、村人達には何としてもパタタに慣れてもらわなければならない。


 そのためには、パタタは危険な植物ではないのだと、村人達自身に納得してもらうことが肝要だというアドルの助言は、まったくその通りだと思う。


 だが、生まれて初めてパタタを見た村人達の拒絶反応は、かなり強い。

 不安を隠さぬ面持おももちで、低い声で囁きあっている。こわごわとパタタを見やる眼差しには、恐怖と嫌悪が見え隠れしていた。


 植物についてはくわしい方だと自負しているフェリエナですら、地中に幾つもの実がなる植物を見たのは、パタタが初めてだ。


 しかも、人参やかぶと違って、でこぼことした見た目は、どうしても嫌悪感が先立ってしまう。


 何と言って、村人達の誤解をといたらいいかと悩んでいると。


「お伽話とぎばなしでもあるまいし、悪魔の食べ物などというわけがないだろう」


 明るい笑い声を上げたアドルが、いくつものかごに収穫されたパタタの中から、一つを取り上げる。

 ひょい、と上に放り上げ、片手で難なく受け止めて。


「ほら。犬でもあるまいし、みついたりしないぞ」


 人を魅了せずにはいられない柔らかな笑顔で、集まった村人達を見まわす。

 アドルは腰のベルトから短剣を抜くと、パタタの皮をき始めた。


「パタタの皮を剥く時に気をつけることは、ちゃんと芽を取ることだそうだ」

 アドルに視線を向けられ、フェリエナは慌ててこくこくと頷く。


「そうです。芽がついたままだと、お腹が痛くなってしまうことがあるそうで……。でも、大丈夫ですよ。芽をたくさん食べなければ、腹痛を起こすこともありませんから」


 フェリエナが説明しているうちに、手早くパタタの皮を剥いたアドルが、白い塊になったパタタを村人達に見せる。


「ほら。これがパタタの中身だ。皮を剥けば、それほど不気味ではないだろう?」


 アドルの言葉に村人達の何人かが曖昧あいまいに頷くが、いまだ表情は硬い。


 今日、城の畑に集まってもらった村人は三十人ほど。


 フェリエナが故郷から持ってきた百個ほどのパタタからは、大小さまざま数百個のパタタが採れた。


 このパタタを元に、栽培を広げていきたいのだが、果たして村人達がパタタを受け入れてくれるか……。


 村人達の中には、フェリエナが薬を煎じたりして、顔見知りになった者も多い。

 しかし、嫁いでまだ四カ月ほどのフェリエナが持ち込んだ奇妙な作物を受け入れてくれるほどの信頼関係が築けているかと問われれば、答えは否だ。不安極まりない。


 だからこそ、領民の信頼と親愛を一身に受けているアドルに助力を頼んだのだが。


 フェリエナは、隣に立ち、村人達へパタタの説明をしているアドルの横顔を盗み見た。


 突然、くちづけされた夜以来、アドルとはほとんど口をきいていない。話しても、必要最低限の事務的な会話ばかりだ。


 

 くちづけの次の朝、アドルはびようとしてくれたが、フェリエナの方から、


「酔った上のおたわむれだったのでしょう? わたくしは気にしておりませんから」

 と、アドルの言葉を封じてしまった。


 それ以降、お互いにくちづけのことは禁句になっている。


 言えるわけがない。


 くちづけされた時は、混乱のあまり嫌がってしまったけれど……。酔った勢いとはいえ、アドルにくちづけされて嬉しかったなど。

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