24 それは、あまりに思いがけなく


 何か柔らかいものに、乱暴に唇をふさがれる。

 それがアドルの唇だと気づいた途端、フェリエナの頭は真っ白になった。


 まるでむさぼるような、荒々しいくちづけ。


 かぶりを振って逃げようとしたが、抱えるように頭の後ろに回されたアドルの手が、逃がしてくれない。


 腰に回された手が、強い力でフェリエナを引き寄せる。

 アドルの荒い息に混ざる酒気が、フェリエナまで酔わせるようだ。


 何が起こったのかわからない。


 ついさっき、「フェリエナを抱くのは死んでも御免だ!」と叫んでいたアドルが、くちづけているなんて。


 夢ではないと言わんばかりに、アドルの腕に力がこもる。後頭部の指が髪をき、うなじへ下りてくる。


 アドルから伝わる熱が、フェリエナの思考をかしていく。


「んぅ……」

 上手く息ができず、うめいた呼気さえ奪われ、このまま息ができなくなるのではないかと恐怖する。


「いや……っ」

 かすれた悲鳴をらした瞬間。


 雷に撃たれたようにアドルの動きが止まる。


 わずかにいましめが緩んだ隙を突いて、両手で思いきりアドルを突き飛ばす。


 壊されるのではないかと思うくらい強く抱き締められていた腕が、呆気あっけないほどあっさりほどける。


 が、それを不思議に思う余裕などなかった。


 身をひるがえし、階段を駆け上がる。

 乱暴に自室の扉を閉め、かんぬきをがちゃりと下ろし――。


 フェリエナは、へなへなと床にくずおれた。



 ◇ ◇ ◇



 荒々しく扉が閉まり、閂がかけられる音がかすかに届くのを、アドルは呆然と聞いていた。


 何を、してしまったのだろう。


 フェリエナの涙を見た途端、理性が彼方へ吹っ飛んでしまった。


 さっきの言葉を否定しなくてはと――何か巧い言葉で、フェリエナの誤解をとかねばと思ったのに、言葉よりも早く、身体が動いていた。


 ただただ、放った言葉は真っ赤な嘘なのだと、証明したくて。


 だが、そんな思考は、フェリエナにくちづけた途端、泡沫うたかたのように弾け飛んでしまった。


 たおやかな身体、絹のような髪、香り立つような甘い唇。

 先ほどまで飲んでいた葡萄酒が水だと感じるほどの甘い酔いが、思考をかす。


 まるで飢えた獣のようにむさぼろうとして――。


 「嫌」と震える声で放たれた悲鳴が、耳から離れない。


 聞いた瞬間、氷水を浴びせられたように意識が冷えた。

 もし、フェリエナが悲鳴を上げていなかったら……今頃、自分は彼女を、どうしていただろうか。


「くそ……っ!」


 己への怒りに突き動かされ、アドルは思いきり石壁を殴りつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る