第2話
運動なんて高校の体育以来、10年以上走ったことすら無かった自分が、まさか同じ日に二度も都心を全力ダッシュすることになるとは。さらに走った後に腰を激しく前後に動かすという、自分の中の普段はたらかない細胞たちもさぞ驚いたことだろう。陰茎ただ一か所の気持ちよさのために身体中のほかの全ての運動機能に負荷をかけるような行為。正直その夜は身体中が悲鳴を上げていた。でも後悔は無かった、不思議と、全く。
8月18日(土)
先日の童貞喪失から早3日、翌日こそ前の晩の女の子の去り際のそっけなさに、おちこんだりもしたけれど、わたしのムスコは元気です。それどころか翌日の夜には前日のことを思い出しては何度も自慰行為にふけっていた。さらにまた次の相手を求めて、ハッピーメールに課金し、ポイントを消費してターゲットにアプローチをかけていた。
アプリ上で何度かやり取りをした相手の中で、その日中に会えそうな相手を見つけた。プロフ画像はもちろん真っ先にチェックしている。うん、なかなか悪くない。正直タイプとまではいかないが二回目の相手にはちょうどいいだろう。早速その日の午後に蒲田で会う約束を取り付けた。
しかしその時同時に、自分の中で小さな疑念が首をもたげていた。おかしい、順調すぎる。ハピメを初めてまだ数日だったが、匿名掲示板から得た知識は我ながら一角のものになっていたと思う。これはいわゆる業者ではないか。自分の求めるイチャイチャラブラブではなく、射精をゴールとしたビジネスライクな試合形式になってしまうのではないか。蒲田へ向かう京浜東北線の中で様々な葛藤を抱きながら、しかし結局は二度目のシュートチャンスを前に肥大化し続ける自身の劣情に、理性というディフェンスラインは脆くも崩れ去った。
昼過ぎに蒲田へ着き、待ち合わせ場所に指定されていた駅前広場で待っていた。自分の服装は既に連絡済で、あとは相手からのアプローチを待つだけだった。しばらくすると横から見知らぬ女性に声をかけられた。
「あのー、〇〇さんですかぁ?」
振り向いたその時、悲鳴を上げなかった自分を褒めたかった。それはプロフ写真とは似ても似つかぬモンスター(以下B子)がこちらをじっと見つめていた。予想と違ったのは顔の造作だけではなかった。体形というか、サイズそのものが予想の2倍はあった。跳ね上がる心拍数を必死で隠しながら、
「あ、いえ、違います」と答えた。
B子は一瞬驚きつつも、その手に対応に慣れているのか、再びじっとこちらを見つめて
「え、本当ですか?嘘ですよね、あなた〇〇さんですよね。分かりますよ」
と畳みかけてきた。パネマジというレベルではない、もう完全に別人だ。こいつやはり業者だったか。
「いえ、本当に違います。何なんですか?」と答えた。このとき引かなかった自分を褒めたい。
しかしB子も一歩も引かない。「いやいや、〇〇さんですよね。もう警察呼びますよ」などと言いながら本当にどこか電話をかけ始めた。
警察なんか呼べるはずないし、呼ばれたとしても自分に触法行為は無いはず。と頭では分かっていたし、B子の電話の相手はきっと同業者だろうと思いながらも、言いようのない不安感と焦燥感に苛まれ、一刻も早くその場を離れたかった。こんな感情と恐怖を抱いたのは何年ぶりだったろう。
そして電話の途中、B子が後ろを向いたその瞬間、自分は風になった。
どこをどう走ったかはよく覚えていない。まっすぐ改札を目指したはずだったのに途中、何回か方向を間違えた気がする。とにかくこの蒲田という場所から、一刻も早く離れたかった。何とかJRの改札を通過し、タイミングよく来ていた品川方面行の京浜東北線に飛び乗った。扉が閉まったその瞬間、湧き上がる安堵と共に、肺と足腰が悲鳴を上げていることに気づいた。
パネマジダッシュ バブ太郎 @funjaka1401
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