第二十三場 生者(ぼうれい)よ、舵を取れ

●現代・魂の日 空の街の祭壇


儀式は執り行われ、ケミィは楽園の門を開こうと歩き出すが……


【BGM:運命の羅針盤(狼の牙の旋律)】


ロカ  「皆、聞こえたかい……」

ルントゥ「『狼』の怒りですって! 私たちは掟に従ったのに」

ワマン 「儀式は間に合わなかったのか……それとも……本当は間違いだったのか!」

クラーク「うろたえるな! 神の声のとおりに儀式を執り行う。

     そうすればうまくいくのだ!」


 祭壇から降り、うなだれる民衆を叱咤するクラーク。

 民衆の間を一人、ケミィが通る。

 その最中、リュイスが扉を破り、祭壇へ突入。友達の決意を信じ、アントニの名を持ち出し儀式を壊しにかかる。


リュイス「本当にそうかな!

     ……聞いただろ、『狼』の名前。

     『アントニ・カザルス』はこの本の作者だ!」


 ざわつく民衆。

 信じていた歴史がひび割れていくのを感じる。


クラーク「静粛に! 子供の戯言だ!」

リュイス「儀式を作ったのが『狼』だって?

     それじゃまるで、一人芝居だ」


 民衆たち、リュイスの言葉に納得しかける。

 「アントニ」なる悪神が儀式の手引きをしたため、生贄を欲さんと祭壇を支配していた−−それが、アントニとリュイスが提示した筋書きだ。


クラーク「神の声だ! 楔に触れるな、天罰がくだるぞ」


 クラーク、声を張り上げる。

 万に一つでも失敗の可能性を残せば、「死者が蘇る」という希望が失われてしまう。


リュイス「……そうかよ。なら見せてやる」


 ゆっくり、一人ずつの間を通るケミィ。

 リュイスと、街の人々を信じ、自分からは決して動かず儀式を進める。

 仮に止めることができなくとも、悔いはないというように。


リュイス「本当は、皆にも夢があったはずだ」

クラーク「捨て置け。『暁の乙女』を送り出すのだ!」

リュイス「思い出せ!」


舵を取り外すリュイス。

周囲の人々は身構え天罰を恐れるが、何も起きない。


リュイス「こんな祭壇じゃ運命は縛れない。舵を取る先は、自分で決めるんだ!」


 舵とは、行き先を決める道標。

 それは決して人の選択を縛る「楔」ではない。


♪運命の羅針盤

リュイス”選ぶんだ 行く先を”

    ”今が決断のとき”

    ”舵を取り 示すんだ”

    ”『俺たちは自由』 諦めはしない!”


 リュイスの叫びの中、粛々と進む儀式。

 だが最後列のロカが、意を決してケミィの手を取る。

 十年前、彼女の母親には届かなかった手を。


ロカ  「……薄々わかってた。天罰なんて無いかもって」

ワマン 「てめえ、何してるかわかってんのか!」


 儀式の失敗は死を意味する。

 激昂するワマンの言葉に怯えながらも、ロカは舵をリュイスから受け取る。


ロカ  ”選ぶんだ 僕の罪 今が告白の時だ"


ロカ  「禁足地に入るキヤさんを何度も見た。

     天罰なんて、起きなかった!

     きっとこれまでだって……全部偶然だったんだ」

ルントゥ「嘘を付いてたっていうの!」

ロカ  「助けられなかったから!

     この手を伸ばせば……君のお母さんを救えたのに」


 リュイスに懺悔するように叫ぶロカ。

 十年前、勇気を出して踏み出していれば救えてたはずの、キヤの命。


ロカ  ”償えはしない でも立ち止まらない”

    ”君の勇気 少しでも 報いたい”


 許しを請うでもなく、リュイスに並び立つロカ。

 しかし、街の誰もが簡単に道を選べるわけではない。

 長い歴史ゆえの頑なさを象徴する、ワマンの悲痛な叫び。


ワマン 「……今更だぞ。 全部無意味だったってことかよ!」

ケミィ 「無駄じゃない! 今からだって、できるよ!」


 泣き叫ぶようなワマンと、目を背けるルントゥ。

 失ったものではなく、これから得られるものを見ろと向き合うケミィの言葉を聞く。


ケミィ ”選ぶのは 生きる道よ いつも決断のとき”

    ”変わらない あたたかさは おびえていても 見守ってくれた”


 ワマンたちが儀式へこだわったのも、街の平穏を願ってのもの。

 その内心、あたたかな気持ちを認めるケミィの言葉に、一人、また一人と舵を受け取る。

 最後の懺悔。


コイユール ”見送ってきた 『暁の乙女』”

ワマン  ”変えれば 犠牲は 嘘になる”

ルントゥ ”生き方 過ちだと 思いたくはなかった”


 それぞれの「当たり前」をたてに、隠していた本心をさらけ出す。


空の民  ”闇を照らし 舵取って”

     ”嘆いた昨日を 踏みしめて”

     ”空白のページ 一つずつ埋めて”

     ”運命選ぶ 羅針盤の先”


 街の人々、リュイスに導かれるように使命から開放されていく。

 ロドルフォは、「海の国」の旋律を歌う街の人々を蔑む。


ロドルフォ「……我らの歌を盗むとは下劣な。

      アントニ殿、ご安心下さい。

      手出しは不要。彼奴らは勝手に滅びますとも!」


 クラークを見下ろすロドルフォ。

 意のままに操れる祭司長を使い、無理やり儀式を遂行させんとするロドルフォ。

 しかし、それにアントニは手出しをせず、ただ見守る。


アントニ 「……『狼』よ。お前は知っているはずだ」

ロドルフォ「なんと?」

アントニ 「のさ」


〜楽園の門の旋律〜


クラーク「やっとだぞ。やっと妻が、戻ってくるんだぞ」

ケミィ 「……父さん」


 使命、街のため、大きな言葉で覆い隠してきたクラークの本心。

 それは「家族を取り戻したい」という、ただそれだけのものだった。


クラーク「『暁の乙女』よ、お前まで私の邪魔をする気か!

     禁足地へ行け、行くのだ!」

リュイス「てめえ、正気か!」


 クラークは血相を変え、ケミィの自由を奪おうとする。

 リュイスは飛び出しかけるが、ケミィの目を見て静止する。

 家族の過ちは、自分が止めるのだという決意を感じとる。


クラーク「神の言葉に従え! 死者を蘇らせるのだ!」

ケミィ 「目を覚ましてよ!

     母さんはそんなまやかしのために死んだんじゃない!」

クラーク「神よ、なぜ何もおっしゃらない?」


ケミィ ”悩み苦しみ 押しつぶされても”

    ”一人じゃないわ 手を取り合って”

    ”皆で開くのよ 『楽園の門』は”

    ”受け止めてみせる あなたの心”

クラーク”一人で 従ってきた”

ケミィ ”私の目を見て”

クラーク”これこそ 神の使命”

ケミィ ”知ってるはずよ”

クラーク”どうして 苦しいのか”


ケミィ 「……私だって 『暁の乙女』よ!」


クラーク”愛しい声 聴こえない 散った 気高き魂”

ケミィ ”託されたの 願いを 生きて 未来をつかむの”


 ケミィの言葉に込められた気高き《ミカイの》魂が、徐々にクラークを自由にする。


クラーク「……ミカイ」

ケミィ 「ケミィよ」


 初めて、父娘が目線を合わせ向き合う。


クラーク「ああ、そうだ。二人で付けた名だ……」


〜気高き魂の旋律〜

ケミィ ”約束よ 置いていかない

    ”ここからみんなで 始めるの

クラーク”柔らかな微笑み きらめく瞳も”

父娘  ”全てが 今も ここにある”


 崩れ落ちるクラークを、ケミィが支える。

 、というように。


ロドルフォ「……役立たずめ。

      ならば望み通り、神の怒りをくれてやろう!」


 支え合う民衆を見て、ロドルフォは激昂する。

 アントニを前に失敗は許されないと、自ら手を下そうとする。


ロドルフォ「使命を捨て許しを願う愚か者どもが。

      生きる意味など、どこにもないと知るが良い!」


 使命を捨てられなかったロドルフォにとって、羨望にも近い怒り。

 その様子を前に、アントニは懐かしい気配に目を細める。


アントニ「……夜が明けた」


 薄暗い照明は徐々に灯りがさす。

 うなだれていた民衆は、霧が晴れていくような街の様子に目を見開く。


アントニ「


 日が変わり、「魂の日」に戦士たちが帰ってくる。

 ケミィたちを殺そうとするロドルフォを、二人の戦士が阻む。ケミィは、クラークをかばう。

 行き場をなくしていた村人の舵を、操舵士アンリークが拾い上げる。


死者うみのたみ  ”選ぶんだ 行く先を 俺たちが守ろう”

操舵士アンリーク ”舵を取り 示すんだ”

英雄リュイス  ”『俺たちは自由』 諦めはしない!”

暁の乙女ティッカ”たくさんの犠牲 『暁の乙女』”

英雄ケミィ  ”背負えば 犠牲は 道しるべ”

戦士アマル  ”行く先 変えながらも”

死者そらとうみのたみ  ”生きろ 前を向け まっすぐ進め!”


街の人々 ”闇を照らし 舵取って”

     ”嘆いた昨日は 明日への道”

     ”空白のページ 一つずつ進め”

     ”運命選ぶ 羅針盤の先”


 ロドルフォ、力なく後ずさる。


ロドルフォ「なぜ……立ち上がる。

      その歌をやめろ!」

アントニ「ロドルフォよ。

     海の国の末裔、アントニ=カザルスの名において命ずる。

     ……役目を終え、眠れ」


 ロドルフォに向き合うアントニ。

 狼の騎士は、すがるようにアントニのもとへくずおれる。


アントニ「我らは、この地に不要である!」


 自らの役目−−自分ごと悪夢を終わらせること。

 アントニの叫びに呼応して、現代の人々は祭壇へと向き合う。


〜狼の牙の旋律〜


空の民 ”天罰に怯えた この街”

    ”伝わる歴史 今ここに”

アントニ”悲劇は終わる 魂の日に”

    ”繰り返すな過去の日々 我らの過ち”


 すがるロドルフォを、アントニは自らもろとも剣で突き刺し、崩れ落ちる。

 アントニ、生まれて初めて自らを刺す痛みに苦悶。

 自分の代わりに背負ってくれたものを清算すべく、ロドルフォの黒衣を剥ぎ取り、自らが受け取る。


人々 Dediquemos la oración a la montaña.

 (:御山に捧げるのだ 我らの祈りを)

Cantemos y riamos para los vivos.

 (:歌おう 笑おう 生きるものたちのため)

La santa alma vuelvaa la montaña y yace.

 (:気高き魂は 山へ還り 眠る)

La santa alma vuelvaa la montaña y yace.

 (:気高き魂は 山へ還り 眠る)


 人々は歌を口ずさみ、一人ひとり、祭壇を後にする。

 道を定めるための祭壇は、もう必要ないとばかりに。


【SE:さざ波の音】


 残された二人の魂を、波の音が包む。


【BGM:彼方のエル・ドラド】


ロドルフォ「歌が……聞こえる」

アントニ 「……目が覚めたか、イザベラ」

ロドルフォ「アントニ殿……? 旅はどうなりましたか?」

アントニ 「ここが楽園さ。聞こえるだろう……」

ロドルフォ「ああ、これは……故郷の、歌だ。


 顔を上げたロドルフォに、一人残った操舵士アンリークが舵を掲げる。

 その傍らには、船長クリストファーの姿。


ロドルフォ「……なんだ、皆、そこにいたのか……」


 仲間に迎え入れられ、イザベラは消滅する。


 アントニは一人、祭壇に取り残される。


【SE:地響き】


【SE:雪崩】


 暗転。

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