第二十場 儀式の準備

●現代・空の街 祭壇


 街では着々と「最後の儀式」の準備が進められている。

 子を失った父に浮かんだ思いは、誰もが持つ小さな疑念。

 このままでいいのかと。


【Piano(彼方からの声)】


ワマン「クラーク祭司長。

    夜明けまでには、町の住民が皆祭壇へと集まります」

クラーク「ここは御山のみもと、神に最も近き場所。

     この祭壇からなら、皆の祈りも禁足地へ届くだろう。

     ……余計な邪魔が入らなければ、だが」


 余計な邪魔、という言葉に、希望を捨てなかったリュイスの顔を思い出すワマン。

 我が子が無事育っていれば、あのくらいの年頃だったろうかという思いが、普段口に出さないような言葉を紡いだ。


ワマン「……祭司長。

    『暁の乙女』とは、本当に生贄のことなのでしょうか。

    ケミィは暁を……夜明けを迎えること無く死ぬのに」


 儀式を否定するかのような言葉に、クラークは食って掛かる。


クラーク「それが神の御言葉なのだ!

     ほかに信じるべきものなどない!」

ワマン「……そう、でしたね」


 幾度となく聞いた自由な意思を阻む言葉に、引き下がるワマン。


クラーク「これより私は、神の声を聞くため祭壇へこもる。

     日が変わるまで……『魂の日』までに全てを済ませるのだ」

ワマン「は……山の神の思し召しのままに」


 恭しく礼をするワマンを尻目に、祭壇を離れるロドルフォとクラーク。

 儀式の準備を整える町の人々が、入れ替わりに舞台上へ入ってくる。


ルントゥ「あの子は、祭司長と一緒ではないのね」

ロカ「彼女は……きっと別々の場所で祈るんだろう」


 まるで儀式の場を見てきたかのような口調のロカ。


コイユール「同情してはいけませんよ。笑って見送る。

      それが唯一、あの子の死に報いることですから」


 老婆の優しい言葉すらも、現状を変える意思はない。

 向き合う、というリュイスの言葉が脳裏に響いたように、ワマンが立ち止まる。


ワマン「唯一、か」

ルントゥ「あなた?」

ワマン「なんでもねえよ。……行くぞ」


 立ち去る夫婦と街の人々。

 何やら不安そうにその様子を伺っているロカも、やがて力なく去っていく。


 暗転。

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