第十一場 同じ空を見て

○500年前・禁足地


 「楽園の門」を越えた先、墓地を抜けてさらに高地へ登ると、海の見える丘へたどり着く。チャスカと違い高地に慣れてないアントニは、遅れて入ってくる。


【SE:鳥の声】


アントニ「(息切れして)待たせたかい?」

チャスカ「ううん、ちっとも。そこ、足元気をつけてね」

アントニ「山道はまだ苦手だな。雪でよく見えないよ……墓地の向こうに、こんな場所があったんだな」

チャスカ「いいところでしょ? 天気のいい日は、海が見えるの」

アントニ「あの門、勝手にくぐって良かったのか?」


 アントニの悩みを見抜いているチャスカ。少女の雰囲気から、祭りを司る「巫女」のような雰囲気へと変わる。


チャスカ「『楽園の門』は、使命に苦しむ人皆に開かれるのよ」

アントニ「急に、どうした?」

チャスカ「『エル・ドラド』」

アントニ「……その言葉をどこで」

チャスカ「ずっとうなされてた」

アントニ「…………俺の国のおとぎ話。『楽園』、って意味だ」

チャスカ「いい言葉ね。きっとこの街のことだわ」

アントニ「……使命だなんて。俺は何もできなかった。何を選んだって……道を変えられなかったんだ」


♪同じ空を見て

 柔らかなケーナの音色。二人の約束の歌。


チャスカ「見えてなくても、道がなくなったわけじゃないでしょ? 迷った先にも、空はきっと開けてる」

アントニ「チャスカ……」

チャスカ「アントニ。あなたと一緒に歌を歌いたかったの。私と遠い世界を繋ぐ歌。だからね、この空に来てくれて、ありがとう」


チャスカ "雲を超え やってきたあなた その瞳は 澄んだ空のよう"

    "優しいあなたの手は 音色をつまびく 同じ空の下で"

アントニ "海の向こう 君と出会った  その姿は 自由な鳥のよう"

    "果てなき 山のふもと 星のように輝く 同じ空の下で"

チャスカ"この気持ちは何かしら はじめて出逢った人 その歌 胸の奥に溢れる"

アントニ"はじめての この想い 言葉より感じる ぬくもり 夢じゃない"

二人"ただ 同じ空を見ていたい"

アントニ"陽が沈み 光が消えても 覚えているよこの景色を"

チャスカ"太陽は いつの日も昇る あなたを照らし包む"

二人"この気持ちを忘れない 何度 空が巡っても 一緒に歌を歌っていよう"

  "つかの間の この出会い 言葉より伝わる 心は 離れない"

  "ただ同じ空を見ていたい"


アントニ「……素敵な夢だな。(紙にメモをとり始める)」

チャスカ「私、きっとこの日を待ってた。……また書いてるの?」

アントニ「ごめん、つい。でも……ほんとは、もっとたくさん曲を残したいんだ」

チャスカ「素敵ね」


 アントニ、楽譜を追いて遠くの空を見る。異国の地でも、彼のできることは変わらない。

 できないことも。


アントニ「この街に来てからも、たくさん曲ができた。一緒に舵を取ろう、って、希望の歌とか……友達にも、聞いてほしかった」

チャスカ「きっと、いつか叶うよ」

アントニ「チャスカ……」

チャスカ「……ね、死んだお父さんに、挨拶してくるね?  一緒に来ない?」

アントニ「(笑って)もうちょっと心の準備をしてからにするよ」

チャスカ「ふふ……ねえ、アントニ」

アントニ「なんだい?」


 チャスカ、アントニに口づける。


チャスカ「(楽譜を指差して)この歌は、二人だけの秘密ね」

アントニ「ああ、約束だ」


 アントニ、少し譜面を書き足す。チャスカは仕方ないな、とばかりに笑って、軽く走り去る。


 暗転。

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