第四場 はじまりの日
○500年前・山地の麓
チャスカに助けられるアントニ。アントニは、異教徒へのトラウマからチャスカを信じられずにいるが、歌を歌ううちに心を通じ合わせる。
焚き火のシーン。チャスカは革袋に入った水を持ち寄るなど、甲斐甲斐しく世話をする。
チャスカ「あ、起きた?」
アントニ「……誰だっ!」
チャスカを警戒するアントニ。その手に握る剣は震えている。チャスカは、臆せずアントニへ対峙する。
チャスカ「あなた、ずぶ濡れで倒れてたの。でも、大丈夫そうね」
アントニ「異教徒の服……こっちに来るな」
チャスカ「(気にせず)水でも飲んだら? ひどく声が震えてるもの」
アントニ「信用できない。君は何故……!」
アントニの剣を無視して近づくチャスカ。両手で頬をギュッと包む。
チャスカ「チャスカ」
アントニ「(剣を落として)なっ……」
チャスカ「『君』じゃない。私の名前はチャスカよ」
アントニ「チャスカ……?」
チャスカ「そ。ほら、あなたのお名前は?」
アントニ、照れるようにチャスカからぱっと離れる。物怖じしないチャスカに気圧されるも、見たことないタイプの少女にどこか心惹かれるアントニ。
アントニ「(貴族の名残で)私は……いや。俺は、アントニ。ただの、アントニだ」
チャスカ「そう、アントニ。ちょっとは、落ち着いた?」
アントニ「(照れながら)……いや、その。すまない」
チャスカ「それと、これ」
アントニ「ああ! 良かった、無事だったか……」
アントニ、ギターに飛びつき、愛おしそうに爪弾く。楽団はこの動きに合わせてギターを変調。チャスカはそんな様子のアントニを不思議そうに見ている。
チャスカ「ね、アントニはどこから来たの?」
アントニ「俺は『海の国』から……」
チャスカ「(かぶせるように)やっぱり外の世界の人! ねえ、どんな景色なの? 歌は歌える? 知らない空の下って、きっと素敵なんでしょうね! 」
目を輝かせ畳み掛けるチャスカにひるむアントニ。
アントニ「ちょ、ちょっと待った! そんな一気に言わないでくれ!」
チャスカ「(しゅんと落ち込んで)あっ……そうだよね」
アントニ「いや、何もそんなに……面白いな、チャスカは」
チャスカ「子供みたいで?」
アントニ「感性が豊かなんだろ」
チャスカ「そんな褒められ方したの初めて! アントニ。私あなたの国の歌、聞いてみたい!」
アントニ「いいよ。でも……その国は、今はもうないんだ。」
チャスカ、ハッとしたように黙る。
♪鳥の歌
失われた「海の国」の子守唄と死生観。消えてしまった国の残滓。ギターソロ。
アントニ"青い空 木漏れ日の向こう 駆け抜ける 鳥たちの影"
"そっと見上げてごらん きっと歌が聞こえる"
"今はまだ 高く飛べない 僕らだけど"
"いつか大空へ羽ばたこう 仲間たちのもとへ"
"雲の波間が あまりに白く その足が震えても"
"僕は君の手を取ろう 二人でなら飛べるから"
チャスカ「アントニの国では、人は死んだら鳥になるのね」
アントニ「空の向こうには神様がいて、俺達を見守っている……ただの、おとぎ話だ」
チャスカ「『空の街』ではね、死んだら山に帰るの。ずっと、生きてる人を見守ってるんだって」
アントニ「でも俺は、見放されちゃったみたいだ」
チャスカ「大丈夫! そんなに素敵な音楽が弾けるんだもの。きっと、うっとり聞き惚れてるだけだよ」
自分の
アントニ「そう……か。そうだといいな」
優しい空気の中、ケミィが二人の間を割るように飛び入ってくる。異物を肯定するものもいれば、否定するものもいる。
ケミィ「その娘から離れろ!」
チャスカ「ケミィ!」
ケミィ「お前、異国の人間だな? あいにくだが、そう簡単には奪わせない」
チャスカ「誤解だってば、やめてよ!
ケミィ「剣を抜け! 戦士ならせめて、御山に華々しく散るがいい」
アントニ、全く応じることが出来ず硬直。剣の柄に触れた途端、身体がこわばり、トラウマのように「違う、違う」とつぶやくことしかできなくなる。武器を手にとると、自分をかばって死んだ人間の目がフラッシュバックする。
ケミィ「(反論が無いのに気づき)……何してる?」
チャスカ「この人は大丈夫よ」
ケミィ、アントニに斬りかかる……と見せかけて剣を弾く。アントニは防戦の構えも取れない。
ケミィ「……みたいだな。とんだ腑抜けだ」
アントニ「……違うんだ、俺は」
チャスカ「(言わせないように)ね、アントニ。私アントニの演奏、好きよ。次のお祭りで、私の曲を書いてくれない? 」
アントニ 「チャスカ……」
ケミィ「お、おいおい」
チャスカ「仕事があれば、もうよそ者じゃないでしょ? 決まりね!」
チャスカ、明るく村の方へハケる。場違いな明るさ。ケミィは警戒心露わなまま。
アントニ「村に入れてくれるのか、俺を」
ケミィ「負ける心配も無さそうだからな。飾り物の剣がそんなに大事か?」
アントニ「……そうだろう、そう見えるだろうさ」
ケミィ「重いのなら捨てればいい。楽器のほうが、手に馴染むんじゃないか?」
ケミィ、少し反応を待ってハケ。アントニ、剣を――国の長として戦えなかった戒めの証を無造作に握ったまま、その場に取り残される。
暗転。
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