第一幕(500年前)

第二場 大航海

○主な登場人物

アントニ=カザルス

 「海の国」の貴族カザルス家の忘れ形見。生き残った海の民の中で唯一正当な王位継承権を持つため、新たな国造りの旗印とされているが、アントニ自身は詩人になりたいと思っている。戦争時、剣を抜けない自分を守るため多くの人が犠牲になったことがトラウマとなっている。


リュイス=モラレス

 「海の国」最強の騎士で剣の腕は一騎当千。貧しい貴族モラレス家の末裔。戦争で一家が離散し絶望したところをアントニに救われ、彼の望みを叶えるため命をかける覚悟をしている。


ロドルフォ

 貴族の血を引く女性。本名イザベラ=デ=マール。

 アントニを新しい国家の王とするため、自身をロドルフォと名乗る。平和や歌を愛するアントニを敬愛しており、彼の代わりに侵略や戦争などの軍人としての汚れ仕事を一手に引き受ける決意をしている。


クリストファー

 ロドルフォに雇われ、新天地を目指す船団を率いるベテラン船長。姓をコロンブス。異教徒との戦いで息子を失っており、同じ年頃のイザベラに肩入れしている。大海原の横断で三隻の船団のうち二隻を失っている。



○一幕 500年前・大海原を奔るキャラベル船La Niña


 過去編はアントニの記憶の再生。彼の最初の記録は、新天地を目指す船団で歌う舟歌だった。


【SE:静かな波音】


アントニ「よし……書けた。船長! クリストファー船長、イザベラ隊長はどこだ?」


 船団の隊長・ロドルフォと名乗る女性を、アントニは頑なに過去の名「イザベラ」と呼ぶ。その様子を呆れたように諌めるクリストファー。


クリストファー「ロドルフォ、と呼んでやれ。……船室だ、そのうち戻って来る」


 イザベラが現れるより先に、船団の仲間たちが、気安くアントニの下を訪れる。ベテランの操舵士アンリークに新入りの少年フェランは、いつものように物書きにふけるアントニへちょっかいを出す。


アンリーク「ようアントニ!」

フェラン「随分長く書いてたな」

アントニ「ああ……なんだか妙な夢を見たんだ。つい、気になっちゃってな」


♪彼方のエル・ドラド

アンリーク「もうすぐ「楽園」だ。しゃきっとしてくれよ!」

フェラン「進路は上々、だろ? 船長!」

クリストファー「おうとも! 『エル・ドラド』への直行便だぜ!」


 船出の曲。船員たちが続々表れ、「海の民」の希望を歌う。船員たちは、青い服の人々穏健派赤い服の人々侵略派に分かれる。クリストファーは紫色の服・ロドルフォは赤。アントニ・アンリーク・フェラン・リュイスが青。交わらない色が、後の運命を暗示する。


クリストファー"漕ぎ出そう 海の彼方 黄金の都が 広がってる"

全員"空と海とが 交わる場所 その名はエル・ドラド"

フェラン"水平線の先 お宝溢れて"

アンリーク"子供でも 金持ち!"

全員"目指すぜ 俺達の 新天地"

  "海の向こう どこまでも 進んでゆこう Wow wow..."

  "しあわせが 俺たちを 両手広げ 待っている"

  はぐれもの 弱いやつ 誰だって 笑って暮らすのさ"


 舟歌を歌いながら、笑い合う船員。明るい雰囲気の中、当代最強の戦士リュイス、男装の騎士にして侵略隊の隊長ロドルフォが歩いてくる。アントニはロドルフォを本来の名前イザベラで呼びたいが、クリストファーの釘刺しを思い出し、騎士としての名ロドルフォで呼ぶ。


リュイス「よっ、アントニ! 悪い夢は覚めたか?」

アントニ「リュイス!それに……ロドルフォ、隊長」

ロドルフォ「楽しみですね。楽園とは、どんなところでしょう」

アントニ「あの街は……まるで、遠い未来みたいだ」


 辛い境遇の中、人生を分かち合う三人。厳しい船旅の中でも、アントニは人々の希望であるかのように、大切に扱われている。アントニは、序幕のような内容を見ていた(ただし、序幕は序幕で現実のやり取りである)。暗い予感。


アントニ"雪山に 異教徒の祀りが"

リュイス"楽園の夢 お告げさ"

ロドルフォ"そこから全てを始めよう 新たなエル・ドラド"

リュイス"失くした物 全部やり直そう"

ロドルフォ"あなたが居れば きっとできる"

三人"目指すは 海の民の 新天地"

全員"空の向こうどこまでも 目指してゆこう Wow wow…"

  "楽園が 俺たちを 両手広げ 待っている"

  "痛みも 苦しみも 忘れよう 笑って 暮らせるはず"


 操舵士アンリークを筆頭に、船の上で笑い合う船員たち。後の離別とのギャップが大きくなるように、ひときわ明るく。


リュイス「なあ、これからどうする?」

アントニ「俺は……音楽で世界を変えたい。何百年後でも歌われる名曲を書くんだ!」

ロドルフォ「なんと素敵な。友が散った戦いを残しましょう」


 回想・異教徒に侵略され死んでいったふるさとの記憶。「海の民」は、領地内の異教徒に裏切られ、国を滅ぼされた。船に乗っている人々は命からがら逃げ延びた生き残りで、新天地で新しい国家を築き上げようと約束していた。


ロドルフォ"紅(くれない)に染まる都 崩れ落ちた城 どこまでも聞こえる 異教徒の声が"

アントニ"今でも夢に見る 無力な自分"

リュイス"世界のどこまで 漕ぎ出せば"

船員たち"俺たちを 受け入れる 場所がある?"

ロドルフォ"われわれが作るのだ"

リュイス"力を示すんだ"

船員たち"目指せ"

三人"海の民の 楽園を!"

全員"世界の果て どこまでも 共にゆこう Wow wow..."

  "しあわせが 俺たちを両手広げ 待っている"

  "悲しみの向こうには 明日(あす)がある"

  "笑って 暮らせるはず"


クリストファー「野郎ども、嵐に備えろ! エル・ドラドは荒波の向こう。ここからが本番だ!」


【SE:大波の音】

 刹那、嵐が船団を襲う。歴戦の船員たちも、過酷な大嵐に翻弄される。旅に不慣れなアントニは、一人振り落とされてしまう。


船員「ロドルフォ隊長、アントニが!」

ロドルフォ「くそっ、誰か止めろ!」

アンリーク「馬鹿野郎、無茶するな!」


 ロドルフォとリュイスは必死にアントニを引き戻そうとするが、自然の猛威がそれを許さない。アントニは引かれるように舞台から退場する。クリストファーは、これ以上犠牲を増やすまいとリュイスを引き止める。


リュイス「捕まれ、アントニ!」

ロドルフォ「だめだ、大波が来るぞ!」

クリストファー 「いかん、戻れ!」

リュイス「離せ、くそ! アントニ―ーッ!」


 嵐に飲み込まれる船団。波乱を予感させる轟音。

 

 暗転。

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